日本のBlack MusicとSoulを体現する歌手達

今年はHideさんのおかげで色んなコンサートに行ってる。

やっと今の日本のシーンの状況がぼんやり見えてきた。そして、その分だけ混乱し始めている。昔は選択肢が少なすぎた分だけシンプルだった。今はこれだけ広がって、だからこそ自分自身の中で整理がついてない。音楽フォーマットがCDからネットになった変化と混ざり合って余計に見えなくなってる。そもそも6月のコンサートで澤田かおりさんの前に向原愛海さんが歌って、「これだけしっかり歌えるならばそれだけで文句無い」と思ったから。このレベルの歌手は軽く10名は超すのかも。それが今のシーンの状況なんだね。

 

昨晩はTVでイモトがアムロと対談してた。

イモトの憧れがアムロで、アムロの憧れがジャネットか。アムロとは同い年だから。今知ったけど。。ちょっと年下だと思ってた。。じゃあ時代を作ったアーミーダンスも幼い頃に見ているし、20歳前後の時はSlowな曲に対する振り付けとしては世界最高なビデオクリップ。ここら辺を本国と同時に見て本気で追っかけていればBlack Musicの申し子になれる。ずっと日本のBlack Music寄りの音楽シーンは本国の劣化版だと思っていたけど、別に悪気があったわけじゃないです。最初のボタンの掛け違いだけ。それでもアムロはUsherと同じで自己のDeepさを表現してないと思うけど。。アムロにとことんSoulな曲があれば教えて欲しい。

 

 _里上手いこと

 ▲魁璽薀垢良いこと

 ドラムベースでクセになるメロディーラインがあること

 Soulであること

 

個人的にはこの4つ。けど、ひとつの曲の中で全部達成するのは無理だと思っている。特にSoulでは悲痛になるほど曲はシンプルになっていく気がしてる。そもそもSoulは「この歌を歌って救われた」という歌手と、「この歌を聴いて救われた」というリスナーがいればそれでいい。周囲の誰もが認めなくても自分自身が救われたならば、それは自分自身にとってSoul。それぐらいに個人的な基準だけど、あまりに周囲が無理解だと吼えたくなる。うちのサイトはそのために作った。それは同じ感性を持つ人を見つけたいというよりも、あまりに歌手が可哀相だから。Soulを届けてくれた歌手は死ぬ気で支えないと、自分のSoulが退化する。そんな人生は純粋にイヤだな。

 

以前は,了点で大きなハンディがあった気がする。けど、それはもう違うんだね。それが一番シンプルな今の現実では。それは平井堅つながりでもらい泣きをYoutubeで探している時に思った。AKBの中で誰が上手か知らないけど、アイドルはみんなSMAPレベルかと思っていた。もちろん声は軽いし、歌手として上手いとはこれっぽちも思わないけど、音は外してない。これだけ音程を可視化できるような時代になったらねえ。この超音痴な自分だって真面目に練習したらlalalaを精密採点で80点超すようになったから。DAMJOYSOUNDで点数変わるけど、両方とも80点超したから。なら、もともとが普通レベルの人は練習すれば上手いレベルまで行くでしょう。将棋の世界でも技術の進歩が若手棋士の成長を加速させたと言うけれど、音楽の世界でも同じことになっているのでは。

 

 

もそうだね。小室の時代は曲作りにおいても「取り入れよう」という雰囲気があったけど、今の人達は自然と紡ぎ出した感覚。そうなると△ハードルかな。ゴスペラーズを超したコーラスグループってまだ出てきてないの?

 

 

ソロの歌手で,鉢が達成されているとき、一体何を基準にすればいいのだろう。

もちろんい呂任い。けど、年から年中い鯆阿たいワケでもないしね。普通の朝はちょっと軽めの明るい曲で十分な時も多いわけだし。もう本国と日本を殊更に区別する必要もないのだと思う。空気と同じぐらいに接しているのが大切であって、あとは本人の想いのほうが大切。そういう意味では以前に書いた通り

 

冷静に考えると、R&B-Soulにおいて顔はもちろん歌唱力って50%ぐらいの割合しかないと思ってる。《略》

もちろん彼女のようにアマチュアナイトで優勝できるような圧倒的な才能があればそれが個性になるのだけど、才能だけの個性では20歳の壁を越せない。一般的に個性は「皆から賞賛される光り輝く部分」と思われているけど、もっと奥にある負を背負ってる部分にこそが核で、そこでのたうちまわって、やっと僅かに出てきた光こそが真の個性と思っているから、こういうサイトになってしまっているのだけど。。 

 

そういう意味ではアレサ・フランクリンを好きというよりも、MaryJ.を聴くべきなんだよね。歌のウマさとSoulの関係を聴きたかったら。特に2作目うめき声にメロディーがついただけ。その良さ。いま、超久しぶりにこの作品を流し始めたら、真の扉が開く04:Marvin Interludeなんだね。。インタルードだから曲名気にしてなかった。。ここでいうMarvinはMarvin Gayeだと思うけど、彼のどの曲なんだろう。これがAnna's Songだったら凄い事になるのだが。

 

ということで、以前に 青野沙穂の最高傑作が全米No1にならなかったとしたら、僕らは二度目の完敗になる。それだけは純粋にイヤだな。 と書いたけど、違うね。たとえアポロシアターのアマチュアナイトで優勝したとしても、それは本当の意味では関係ないのだ。もちろんまだ彼女が最高傑作を作ってないのかもしれない。どん底なんて無理して行くものじゃないけど、どんな人も絶対に一度は通る。通ったこと無い人は逃げ道を歩いていただけなのだ。

 

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最近、このニュースを見て以来、妙にPUNPEEのことが気になってます。Hip-Hopって全然分からないのにね。。彼の一番のオススメ曲があるなら教えてください。




次に行くべきは青野沙穂

やっぱり年に一度は棚卸すべきなんだね。これだけ投稿記事が増えると全然できない。

青野沙穂の記事、見つけました。前回から大和田慧を話題にしながら、まったく忘れてた。。

 

 

このVCは彼女の歌唱力と攻撃的な音が合ってて凄くいい。

wikipediaを見ると歌手としての活動は減っているように見えるけど、とりあえずは配信した作品を手に入れなければ。

Hideさんどうですか?コンサートのチェックリストに彼女も入れてみては。

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成長して当時と顔が少し変わったような。松田聖子にかなり似てると感じる。

 




R Kellyの不動点

ひさびさにBlog全体の整理をしていたら、過去に一週間で非公開にした記事が見つかった。この先も非公開を続けるぐらいなら削除すべきだけど、一部訂正して公開することにします。最後に6年後の結論を書きます。

 

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[2012.03.17]

さっきまでI Need You Soを聴きながら5CDについて書いてたけど、流石に2時間以上の連続リピートは出来ない。アルバムを次に進めてこのHarvest For The Worldを聴いてました。前回のAnthony Hamiltonの最後にAt Your Bestについて書いたけど、AaliyahのAt Your Best(You Are Love)はIsleyの本作のカバーだったのか。そんな基本的なことすら知らなかった。あわててAge Ain't Nothing But A Numberのジャケを取り出して解説文を見てたらちゃんと書いてあった。。あの頃はR&Bを本格的に聴き始めて2年目ぐらいで、Isleyの事を知らなかったから記憶に残らなかったのだろう。そのままこの歳になってた。

2001年以来、Isleyを聴きこんできたつもりだけど、「過去の作品はファンクとかグループサウンドが主体。バラードが増えてきたのはBetween the Sheets以降」が共通認識だし、そのBetween the Sheetsにそこまで感銘を受けなかったから、探求がそこで止まってた。。こういう致命的なミスが仕事だけじゃなくてBlack Musicでも出てくるとマジ落ちこむ。

76年の時点でのロンの声の優しさも凄いが、本当に凄いのはAaliyahか。恐ろしき10代と言われた3人の中ではモニカのファンだったけど、元歌と比べるとAaliyahの凄さが良く分かる。カバーを歌う時に形から入ってない。普通は歌い方に意識が行くのに、Aaliyahは違うね。あくまでも歌のコアからカバーしてる。あの歳で完全にSoulな唱法をマスターしていたモニカも凄いけど、「男を理解する」ことに関するセンスまで考慮すればAaliyahの方が上なのかも。

続く06:Let Me Down Easyとの連携の凄さ。7:So You Wanna Stay DownはDownつながりだけど曲のテンポはUPになるから、理解力という意味での連結は05:(At Your Best) You Are Loveと06:Let Me Down Easyの2曲なのだろう。

未だに不明点も多いあの二人の間の関係だけど、R Kellyの良い時と悪い時の差を生み出すものがAaliyahには直感的に見えていたのかもね。あの曲を聴き込むとそんな気がしてくるのも事実。
と以前に書いたけど、元歌を聴いてやっと分かった。ここにはR Kellyの不動点がある。

 


前作:TP2-COMの発売時、「原点の12Playに帰る」とかいう文句が溢れてて、かなり失望してました。全く、振り子の片揺れが原点になる訳ねーじゃねーかよ!! 塗りつぶしたような真っ黒なグラサンかけて歌うのが原点なのかよ!! 原点ってのは振り子の糸が結んである所だろ。だからあの頃はオイオイって思ったもんだけど、なんでも本人自身から出てきた言葉なんだよね。まあ、本当の原点を自分自身で分かっていたら、ここまで物事は混線しないとも思ってたけど・・・
以前にこう書いたけど、「振り子の原点」という言葉はちょっと弱い。それよりも「R Kellyの不動点」という言葉の方がしっくりくる。この元歌は76年だからR Kellyが9歳の頃か。Isleyをリスペクトする歌手は多いけど、R Kellyは本気度が違うと思ってる。それは二人のコラボを見れば一目瞭然。けど、なぜ、R KellyがここまでIsleyの事を好きなのか?今までずっと分からなかった。けど、そんな疑問も本作:Harvest For The Worldの、この05:(At Your Best) You Are Loveで一目瞭然じゃん。

Let Me Knowと歌い上げているのに、こぼれてくるのは溢れんばかりの理解力
いかん、この5,6の連結は一番底の板を割る。いかん、どうしてもR Kellyの不動点が見えてくる。なぜそれがコレだけ重なる?そこが一番泣けてくる。分かってる。わかってる。甘えていたのはR Kellyだけしゃないじゃない。Aaliyahがパーフェクトに歌った曲を聴いた94年から、この曲は女性が歌う曲だとばっかり思ってた。その18年間の愚かさ。「女の理想像」だと思って聴かせてた曲が実は男の理想像だったという事実は痛い。いたすぎる。こういう致命的なミスはどれだけ最低な男でも1,2年で気づかないと。。1年以内なら相手が待っててくれるかもしれない。2年以内なら土下座すればやり直せるかもしれない。けど、三年以上はないんだよ。


R Kellyが全面プロデュースした女性シンガーといえば、もう一人Sparkleがいる。そこでもLovin' Youをカバーしてて、元歌に無いマザーとまで歌わせてる。あの歌の奥にWhat Aboutがあると気づいたのが2004。アルバムコーナーは直してないけど、Sparkleのデビュー作で緑をつけるべきはLean On MeとWhat Aboutの2曲。Nothing Can CompareよりもWhat Aboutの方が上だから。こういう点ではそれなりに歩んでいると思っていたのに、もっと根本的なAt Your Bestで間違っていたのか・・・


とりあえず、これから自分は何をすればいいいんだ?
とりあえず、AaliyahのAt Your Bestはシングルカットされてるんだから、それを訂正しないと。
つぎは、何をすればいい?
→100回リピートしないと。けど、今回は18年間の間違いだから、何回聴けばいいのかも分からん。。

 


不動点定理にもちゃんとコメントしないと。
数学の世界は現実と切り離されているワケじゃない。ただ、現実から純度を上げていっているだけ。「日々の生活をスタート地点として、感情を切り離した所から始まるのが理系の学問分野」というのが一番大枠。そこからもっと純度を上げていくと最終的に数学になる。すると変な記号の長ったらしい文字列が出てくる。けど、実は当たり前のことを言っているだけ。この不動点もそう。

多くの分野で、平衡や安定性は不動点の言葉で記述することができる基本概念である。たとえば、経済学ゲームナッシュ均衡はそのゲームの最適応答対応の不動点である。

とか何とか言うと難しく聞こえるけど、シンプルに言えば「どこかは変わらない部分があるからこそ、安定してる」という意味だから。その変わらない場所を不動点と言っているだけ。その上で、「変わる」という言葉について考える。これは何かしらの作用を想定してるから。その作用として数学では関数fを持ってきて、f(x)=xで不動点を定義しているけど、このfに対応するのが人生で色々と経験する内容だとみなせば話はシンプルになる。

f(x)=xとなるxの範囲が広いほど頑固。頑固すぎるのは問題大だけど、f(x)=xとなるxが無いのも問題外。そして、自分のコアがどこなのかは若いうちに明確にした方がいい。そんな意味で、ロンが76年に示した「Let Me Knowと歌いあげているのに、こぼれてくるのは溢れんばかりの理解力」。I Need You Soからの歩みを見るとこれがロンのコアの一つだと思える。

そこに男の理想像として惹かれたR Kellyだけど、あの当時の彼自身ではカバーできなかった。きっとR Kellyは出来る事ならば自分自身で歌いたかったんだと思う。この元歌を聴いているとそこまで伝わってくる。確かにこれは男の理想像だ。

きっと何度もこの曲を流していたら、隣でAaliyahが歌い始めたんだろうね。そして、その凄さに衝撃を受けた。そんな意味では、色々と言われるあの二人の関係だけど、R Kellyも本気だったと思う。ロンの曲を100とすれば、Aaliyahはあの歳ながら90、いや、99ぐらいある。女性が歌った時点で隣で聴いてたR Kellyには100以上の衝撃だったのだろう。だからAaliyahのデビュー作に収録したんだろうね。

それを聴いて、アホ男は女性側の歌だと勘違いして18年。


そして最後に。
(At Your Best) You Are Love
At Your Best (You Are Love)

この括弧の場所を変えたのはR Kelly?Aaliyah? 何故変えたの?そこから再出発か。

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[2012.03.18]
この文章もタイトルをThe Isley Brothers - "Harvest For World"に直して、緑のサブタイトルを「相手に理解を求めること」に直して、全体的に文章に手を入れないと。こういう個人色が強すぎる文章を残しておいちゃだめ。ラヒームも聴きながら書いた文章は今は非公開にしているから。とりあえず、3/20になったらこの文章は非公開にして、手直ししたものをUPします。それまでは、これとラヒームを置いておきます。
もう、全部直したと思ってたけど、この2年は毎年ハンマー状態。まだ残っているのかも。5CDにしり込みはじめた。。特にアレサ。

 

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[2018.07.28]

 

「振り子の原点」という言葉よりも「不動点」という言葉のほうが重い。

「これが貴方の不動点でしょ」と言った瞬間に男は100年引きずる。「貴方に抱きしめられたことはこの背中が覚えている」よりも強力だと思う。特に理系の男に対しては。

 

根本的なポイントは()の場所を変えたこと。それが単純なカバーじゃない証。AaliyahのAt Your Bestは日本のカラオケにも収録されている。それだけ日本でもヒットしたのか。カラオケで歌う中の何人が本当は男性が歌う曲だと知っているのだろう。()の場所を変えたのはR. Kelly。変えたことがAaliyahに対する彼の想い。Monica、Brandy、Aaliyahの中で一番理解力があったのはAaliyah。それをMonicaは気づいてなかった。気づいていたら彼氏が真横で拳銃自殺することもなかっただろう。それぐらいに圧倒的な理解力。R. Kellyがロリコンだったのでなく、Aaliyahが凄すぎただけ。確かに一番最初に圧倒的な理解力をもった女性がここまで年下だったら、その瞬間から年下としか付き合えなくなるかもね。けどさ、R. Kelly本人だってわかっているでしょ。これは一億人に1人のレベルだよ。二人目を探しちゃだめなことって、この世にあるよ。当時のAaliyahと同じレベルの理解力を持った少女(というか15歳?)を探す時点で完全アウト。SpotifyはR. Kellyの曲を削除したことを誤りと認めたみたいだが、AaliyahのあとにSparkleの姪にも手を出したのなら病気レベルだし、けどこれは一発で病気になるレベル。

 

 

Let Me Knowというサビが響くから、一般的なBlack Musicの文脈だとタイトルもLet Me Knowなのにね。それだけでなくタイトルに括弧をつけるのはIsleyの抱える奥底にある何かだよ。普通の歌手はタイトルに括弧なんてつけないから。この大御所最後の恋愛歌でもStillに括弧がついているのだから確信犯というよりも業のレベル。

 

この括弧の意味が分かること。それが真の理解。こちらの括弧については説明した

けど、Isleyのこの2曲の括弧の意味、そしてR. Kellyが括弧の位置を変えた意味。これはやっぱりケリーが位置を変えたんだと思う。昔はそれが分からなかった。今は理由は説明できないけど、なんとなく分かってきた。

 

もともとIsleyが括弧をつけた意味もやっと6年たって感覚では分かってきた。それをちゃんと言葉で説明できるようになったら、人工知能は人間を超したと言っていいのかも。単なる知識量だけで測るな。巷ではシンギュラリティーとか言ってるけど、ゴール設定自体が間違っている。この括弧の意味だよ。本当の目標は。歌詞ならばうちのモデルでもぎりぎりいけるかもしれん。けどメロディーラインの理解をどう実現するのか、それは僕には無理です。この文章を読んでる音楽と心理学のコアを突き詰めれる人に任せたい。

 




大和田慧 x 澤田かおり = 黄金世代

 大和田慧と澤田かおりのツーマンライブに行ってきました。

 

 

 澤田かおりさんは先月ライブに行って深く感動したし、大和田慧さんは以前からずっと気になっていたので。

Hideさんが前日にメールくれて急遽予定を空けて参加。開演ぎりぎりにつきましたが、Hideさんが先に行って最前列を取っておいてくれたので、ほんと1m未満の距離。この近さで大和田慧さんの圧倒的パフォーマンスを見て度肝を抜かれた。開始前から「この2人って年齢近くないですか」とHideさんと話していたけど、ライブ時のトークでお互いが同い歳と言っていた。まじーー。この2人がいるだけで黄金世代(Golden Generation)だよ。

 

Soulという文脈では澤田かおりだけど、歌手としての能力は大和田慧だね。女性の中でも小柄(160cm未満と思う)の身長からくりだされる圧倒的な声量。歌の上手さを突き抜けた何かがある。

 

Soulのエクトプラズム

大和田慧の眼の前にもうひとりの人が浮かぶほどの歌唱力。いや、歌唱力は音程とピッチの正確さに対して使われる事が多い。なんていうかな、ほんとエクトプラズムのように口から霊≒Soulが出てくるような感覚。エクトプラズムって単語はwikipediaの写真もグロいし、どうみても褒め言葉で使わないけど、こうとしかいいようの無い世界。前回と違ってスマフォで写真撮れるような雰囲気じゃなかったのでライブ終了後の会場ですが、ほんと眼の前に彼女のSoulがつくりだす人型が見えるレベル。

 

意図が糸のように絡みつく

大和田慧の一番深い曲が「糸」なんだね。その場でCDを2枚購入して彼女からサインを貰ったけど、全部聴いて良く分かった。コンサートのときは彼女の曲の紹介を聴きながら「いと」という単語は「意図」という漢字だと思っていた。結論としては、意図と糸の二つの想いを込めているね。

 

思い→想い or 意図

これが基本構図なのだと。「思い」と「想い」の違いについては「恋愛フェーズでの思いは特別に想いという漢字を使う」という理解。いや、遠くの相手への思いが想いなんだと思う。木と目と心だから、「木の上に立って眺めながら心に浮かぶこと」という意味なんだと。もしかして樹木を触りながら思うと想いかも。この場合は根や葉への広がりがポイントになるね。そして、思いに強い意志が追加されれば意図になる。

 

この歌を聴いていると大和田慧が辿りついた地点が良く分かる。恋愛が終わった後の極限まで塞ぎ込んだ状況で糸が見えたんだね。相手の糸も自分自身の糸も親からの糸も、色んな糸が。それこそが織物。僕が見たときは銀色だった。あれからもうすぐ20年だけど、「ああ、これが華厳の世界か」と痛感したのだけは今でも記憶の底の方にある。

 

 

 

澤田かおりが「幸せの種」を歌わず、大和田慧が「糸」を歌う。

それはお互いがお互いへの配慮と対抗意識の結果のようにも思える。

ほんとにSoulの文脈ならば澤田かおりだし、歌手の文脈ならば大和田慧。

 

それがうちの結論。

 




澤田かおり - "靴"

一番の底まで降りた人は、真の意味で周囲を救える



まさかここまでのレベルとは。
澤田かおりさんのコンサートに行ってきました。コンサートというよりもミュージック・レストランでのライブ。初の投げ銭と言ってた。個人的にもこういう形式は初めて。

Don't Say Goodbyeは人生で二度と歌えない種類の曲だし、それを希望するほど愚かじゃない。けど、あそこまで深い曲を歌ったあとの歌手は、他の曲の歌い方も変わるんだね。以前にアルバムを買ってもレビューしなかったのは、声にガツンとこなかったから。Don't Say Goodbyeを歌う前と後じゃ別人レベル。今はどの歌を歌ってもSoulがこぼれてくる。特にコンサートでの3曲目か4曲目。Don't Say Goodbyeを深さ100とすると80〜90はあった。それだけのSoulを見せてくれれば僕は何の文句も無いです。

これぐらい言語学をやっていると歌詞で使われる単語の僅かな違和感が凄く気になる。英語の歌はそこが無いから純粋に右脳だけで聴ける。初めて日本人のコンサートに行ったけど、さすがにコンサートだと日本語の曲でも右脳で聴けるね。それもひとつの気づき。


宇多田ヒカルを継ぐ才能なのに、音楽業界が変わった今、あそこまでの大ヒットは原理的にありえない。けど、子供が稼いだ莫大なお金のせいで両親が離婚するような状況は本当の意味で幸せなのだろうか。何をしても週刊誌で話題になるストレス。今日のように彼女の音楽を本当に好きなファンが集まって、最大でも100人強のレストランでのびのびと歌う人生と比べると、どちらがいいのだろうね。

二つ新曲を歌ってた。ひとつはまだ名前も無い曲。彼女の幼い頃の友人が引きこもりになった事を知って作った曲。タイトルはいま考えてるところと言ってた。
この曲を本当に必要としている人はゴマンといるし、ここまでの名曲は皆無だと思う。Don't Say Goodbyeを歌えるぐらい深くないと引きこもっている人には伝わらない。歌う前に作った経緯を話してくれた。その時は、詩は「家の中からの風景」の描写かな?じゃあ、そのまんまのタイトルで、とか思った。けど、実際はこの角度から詩にするるか、という驚き。聴き終わって思ったのは「君の一番の友達」です。「そんな人がいないからこそ引きこもっているんだよ」という反論こそがこの歌に相応しい。

一人っ子の歌も良かった。歌詞がどストレート。歌手が本心から歌いたいテーマは、絶対に同じ境遇の人を救えるのだから、今後もこういう歌が増えてくるといいよね。

この先、社会は良くなっていく。
帰り道でここまで思ったコンサートは始めて。これまでの音楽ビジネスは崩壊したけれど、新たな価値は、それを生み出す人からこうやって広がっていくのだと。

 

歌っている姿というか合間のトークの時間を見ていると、澤田かおりさんは男前な女性なんだね。そんな雰囲気だと思った。
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そうか。「幸せの種」なんだね。コンサートで3,4番目に歌った一番深い曲は。アルバムで聴くとDeep50ぐらいかな。今の声の重さの半分ぐらいだから。けど、この曲でもあっても必要としている人には届くと思う。あのリスナーのライブでDon't Say Goodbyeを歌えば200になるのかもしれない。その世界は確かに憧れではある。

 

わたしがわたしで生まれたワケなんてあるのかな。誰かの言葉ひとつで心が擦り切れるけれど

 

この歌詞をここまでSoulを込めて歌える人は時代に一人のレベル。それを生声聴ける良さ。同じような言葉を抱えている人は絶対に伝わるし、その場で聴けば泣けてくると思うよ。

 

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2018.7.14

 

今月も澤田かおりのコンサートに行ってきました。曲の名前が正式に決まって、"靴"になった。だから、本文のタイトルは直しておきました。

2ヶ月連続で行くぐらいに気に入ってます。R&BとかBlack MusicとかでなくまさしくSoul。 日本におけるSoulはJ-Soulになると思うけど、この名前はどっかのグループのせいで手垢にまみれてる。本サイトが唯一納得するJ-Soulが澤田かおり。

 

それは「幸せの種」の歌詞からも一目瞭然

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私が私で生まれた理由(わけ)なんてあるのかな
誰かの言葉一つで 心がすり切れるけれど
流した涙がまた立ち上がるための
糧になる そう私は
幸せの種を植えたんだから

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私が私でいられる場所なんてあるのかな
誰にも気づかれずに 心が揺れ動くけれど
流した涙で少し優しくなれる
それでいい そう私は
幸せの種を植えたんだから

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歌詞の全てが良いけど、とくにこのサビの部分の良さ。

 

最近はよく「流星 feat.光永秦一郎」を聴いてます。さすが結婚しただけのことあるね。男性の声の表情もいいし、もっと2人のデュエットを増やしてほしい。デビュー作に流星が収録されていて、2作目に幸せの種なのだから、澤田かおりが幸せの種を歌えるためには光永秦一郎との出会いが必須だったのだろう。その事実はこの曲を聴きこむと良く分かる。お互いの声のトーンは全く甘くないのだが、曇天に光る雷のように瞬間瞬間で輝く2人のシンパシーが心地よく。

 

そういう出会いが無い状態にいるリスナーであっても、「幸せの種」を聞けばこの辛い経験がいつか必ず幸せの種になると信じれるだけのものをくれると思うよ。もし僕が中学生の頃にこのレベルの曲を聴けたならば、本国直行しなくて邦楽の中にずっといれた。90年代前半にここまでSoulな曲はどこにもなかった。そう言い切る。

 

この曲は幸せの種と表現しているし、それは実感を持って非常に良く分かるけれど、幸せな状態になった時にその種は"華"と表現するのが一番正しいのか、それについてはあまり自信が無い。もしかしたら、この世の何処かにはもっと別の相応しい言葉があるのかもね。

 




Zhane - "Pronounced Jah-Nay"

砂漠に咲く赤と黄色の花



超有名作品なのに有名すぎて聴くのが遅れた。5年ぐらい前に一回聴いてそのままだった。当時は本当の良さが分からなかった。。アフリカ感+Coolなリズム+その奥に見え隠れする可憐さなんだね。ジャケもCool。このポーズだけで一部の女性は買うだろうし、買ったら絶対に後悔しない。普段、邦楽しか聴かない女の娘がCDショップでたまたま洋楽コーナーに行って、ジャケに惹かれて買う。そんな世界はもう永久に戻らない。きっといつか物理的な場所は復権するだろう。それはライブやフェスだけでなくもっと手前の知らない音楽と出会う場所として。その世界を現時点でどこまでヴィジョンとして描けるか。発売から24年経って、そんなことをふっと思った。

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レベルが高い曲が多いけど、アルバム後半をどこまで聴きこめるかでリスナーの受容力が分かる。11:Groove Thangの収録場所が意味不明でアルバムの区分けを壊してる。このジャケはポーズも文字のデザインも120点ぐらいだけど、バックの白にサイバー感があって。もうちょっと土の香りが欲しかった。光りの当て方が素晴らしく、そこに土の香りはするのだけど・・・。うーん、うーん、分かった。周囲を取り囲む黒い四角やね。ここを土の紋様にすればいいよ。これが黒だから、バックの白との対比が強すぎる。こんなイメージ



アルバム前半の強力さ。全て緑でいいけど、その中でも04:Spendeing My Loveの良さ。Coolなリズムの奥にわずかな切なさのこもった可憐さがある。これがアルバム最高傑作。超有名曲の01:Hey Mr.D.J.じゃなくて。そういいきる価値観がうちのサイトで、ここは同じ感性の人達のための場所です。

05:Sweet Taste Of Loveも良いけどリズム感が弱い。06:Changesの方が上。この2人はリズムがあるときのほうが心の扉が開くんだね。いままで全く逆のタイプに惹かれてきたから、やっとこのアルバムを聴きこんで僕の世界も広がった気がする。これを10代後半で聴きこめて、広げれた人は幸せです。

07:You're Sorry Nowが良い意味での問題作。タイトルのとおり。この怒りの感情をどこまで共有できるか。それもポイントだったりする。Blueを好きな立場としてはもうちょっと天地が割れるくらい怒って欲しいと思うけど、この魅力は良く分かる。01〜07までの曲はタイプで評価が分かれる。うちは4と6以外は赤かな。

08:Love Me Todayでレベルが下がる。これまでの人生でこの状態になったことがないんだと思よ。曲の不出来より本人の実感が無いタイプの曲。09:Off My Mindはもっとイマイチ。暗いトーンだからじゃない。暗いトーンのほうに下駄を履かせるサイトなんだから(笑 10:La, La, Laは惜しい。何かが足らない。この足らないものを言葉にできない。できる人を望む。

12:For A Reasonは最後に相応しい曲。Holding Onという言葉の深さと重さが心地よい。
お、これはピアノ&ボイスなのね。あちらのセレクト集に収録しないとね。
 
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En-Wikiを見ました。まさかのシングルアクション。。Spending My Loveがここまでか。 僕はたに本国のリスナーとの断絶を感じるんだ。。




Sisqo - "Last Dragon"

今後は良さが分からない作品も積極的に書いていきます。受けとめ方が狭すぎるのが理由だと思うので、魅力を見つけている人はぜひコメントで教えてください

 

僕の好きなSisqoは二面性がストレートに出たとき。特にソロ一作目は良かった。いつもドラゴンに拘るタイトルは親近感だけど、内省を感じる曲が少なすぎると思う。唯一気に入ったのは11:Lovespellです。歌手のMyBestに収録したい。毎回、痛みを見せて欲しいとは思っていないけど、アルバムを作った時点の素直な心情を全部出して欲しい・・・。今回はちょっと偏ってない? 10:Victimはfeat. Dru Hillなのに何か足らない気がする。

 

08:Round & Roundが一番素直な部分なのかもね。曲作りの部分で光る部分が少ないけど。05:Lipsがピアノソロから始まる。この曲の完成度なんだよね、一番の問題は。この曲に何が足らないのかをちゃんと説明できるようになれば、この世界ももう一歩変わるのだけど、まだそこまでにはいけてない。「[匹い抜兇犬討睛由を説明できない」「▲瀬瓩抜兇犬討睛由を説明できない」 この中で,賄慘呂垢襪韻鼻↓△療慘呂世茲諭それがある種の優しさに繋がるのだろうか。。

 

12:Ipologizeもタイトルから方向性はわかるのだけど、曲がなぁ。。i apologizeを短くしたのだけどタイトルを捻ったように声の表情も捻ってる。そこが合わない。。

 

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書くと、ぼんやりでも先が見えてくることはある。日記もそうだけど、書くことで全ての感情が一度紙に転写されて心がニュートラルになる。ニュートラルにならないと次のステージにいけない。ずっと1面をクリアできないゲームみたいな天井感。Lovespell→Lips→victim→Ipologizeの順序だね。




宇多田ヒカルについて

やっとまともに宇多田ヒカルを聴いた。
2001年の頃、後輩にR&BのVC(ビデオクリップ)上映会を開いてた。ちゃんとした入口とStepを作れば音楽好きはBlack Musicにはまる。逆にその後輩から「ぜひ聴いてくださいよ」と貸してもらったけど、ぶっちゃけMonicaの80%というのが当時の感想。あの世代の黒人女性歌手で歌唱力TOPのMonicaだから、80%の時点で大絶賛のつもりだけど、聴くかといえばMonicaを聴く。

いま宇多田のVCを見て、やっと分かった。歌だけで聴くとBlack Musicで呼吸してる人は振り向かない。けど、このVCと組み合わさった魅力は確かにガツンとくる。以前から宇多田はかわいいのか?と思っていたけど、このVCでは問答無用にカワイイ。本人の魅力を120%引き出している。確かにここまで魅力を引っ張り出してくれる相手なら結婚するよ。純粋にそう思う。

この頃(2002〜)の宇多田ヒカルはPVでの表現が突出している。 それ以前も、近未来のシーンが印象的なWait & See〜リスク〜など、目を引く映像作品が見られていたが、宇多田史上最高のPVとも言われるtravellingを初め、ワンカットで表現したなど、前夫の紀里谷和明によって創られたPVは傑作と言える。 特に幻想的な世界が描かれたSAKURAドロップスはその真骨頂で、孔雀、花、骨、妖精、羽、雨、そして不死鳥と、『生命』をあらゆる手段で詰め込み、表現した世界は圧巻である。

こちらのサイトでレビューしている通り。VCにお金をかけてるとか、良いスタイリストがついたとか、理由は色々とあるかもしれない。けど、根本的には関係ない。デビュー作のAutomaticであっても服装とか洗練されてないけど、時々ハッとする表情がある。外見にお金をかけることで印象の平均値は変えれても、ピークの表情だけは本人だけの力。Wait & SeeのVCと比較すると分かりやすい。この時点でお金は掛かっている。けど、勝気な表情の奥には解けたことない魂:ソウルがある。心の一番奥の扉は開いた事が無いからこそ生まれる表情。もちろん30歳を過ぎても開いた事がない人だっている。そもそも明確な扉が無い人もいる。運命の恋愛とまでいうならば、「他の人には絶対に見せない表情がこぼれる」のはマストじゃないかな。そんな意味でも個人的には冒頭に置いた「光」のVCが一番。何の変哲もない日常のワンシーンを切り取っている分だけ、宇多田の幸せそうな表情が輝いている。

魂の無防備さ
以前に散々「殻」について議論したけど、この宇多田のVCを見て、やっと言葉に出来た。ある種の無防備さなんだよね。壁というか扉というか、そこの表現はどちらでもいいけど、それがあるからこそ奥に無防備さが残ってる。

「この表情は絶対にヒロのママだってみたことないんだから」「(そういう台詞は自分の表情を鏡で見てからいえ)」
あの時、向うの表情と向うの発言のダブルパンチ。喉まで言葉は出かかったけど、言ったら余計に負けを認める形になると思って飲み込んだ。感性と言葉の直結で決まるから、途中に思考回路を挟んだ時点で遅くなる。そんな表情はそんなカップルの中だけのハズなのに、紀里谷氏が作った宇多田ヒカルのVCはその表情が出ている。これはBlack Musicの世界全体を含めてOnly1だろう。確かに、そう思うよ。結婚生活の最後の方で紀里谷氏と離婚してまた結婚して・・・それについて宇多田の父親が「自分達と同じような事をするな」と苦言してる記事を見た記憶がある。あの当時は意味不明だったけど、このVCを見えれば分かる。そりゃ一回の離婚じゃ別れれない関係性になるよ、これは。

文章を書いていたらYoutubeは勝手に「 Goodbye Happiness」になった。
歌を聴いている時は良いと思ったけど、VCはびっくり。なんなの?この表情は。00'S前半までの特別感が零になっちゃった。というよりも、つくった部分が多すぎて個人的にはこの表情はマイナスなんだけど・・・。けど、人生はそういうものなのかもね。これをネガティブに捉えるのが間違っているのだろう。だから、歌の途中だけど変える。

すげー、な。これが真のデビュー曲のClose to Youか。
バックコーラスとの音のバランスがオカシイと思うけど、確かに凄い。デュエットしている男性ボーカルも気になるけど、ここでの宇多田の歌い方は素晴らしいと思う。

もしかして、と思ってwikipediaを見る。やっぱりそうなのか。。紀里谷氏との間に子供いないのか。確かに00'Sに宇多田が出産というニュースは聞かなかった記憶。そして、最近離婚??ニュースが出ていたイタリア人の旦那との間には子供ができたんだね。「東京タワー」以来、運命といえる男女の関係が終わるとき、こういう軸から考える癖になっている。昔のコメント欄にも書いたけど、あの小説の導入部分。あの心情がどこまで響くか。それだけだよ。


話題を戻して、最高傑作。調査結果があるんだね
シングルカットの曲しか知らない人と、アルバム全部聴きこんだ人を一緒にしちゃいけないね。これが結論では?
というよりも、シングルカットした曲群と、してない曲群で分けるべき。じゃないと調査する意味無い。そろそろここら辺が当然の世界になってほしい。別にシングルカットの曲しか知らない人達が悪いワケでもない。僕だって映画にはそれぐらいの距離感だから。どのジャンルを縄梯子にして井戸の底に降りて行くのか、それは純粋に個人の選択の問題だから。

宇多田ヒカルの未シングルカット曲の最高傑作曲投票結果があるならば、ぜひ見て見たい。というよりもこの方の個人的な最高傑作を教えてほしい。記事としてはこの距離感でいいと思うけど、ネットにあげるならもうちょっと本心をストレートに出してもいいかもよ、とこれだけ勝手なサイトを作ってる私としては思ってしまう(笑

未シングルの最高傑作を、シングルカットする時、アーティストは大きな勝負に出る。
 失敗したら5年は不遇の時代
 成功したら、一気に運命が反転する


これが90'S後半のR&Bで証明された。その曲を同時代的に聴きこめた幸せ。それだけなんだよ、音楽を聴く意味は。そうやって育った宇多田の真のファンがいるならば会ってみたい。 Stevie WonderはALFをシングルカットしてないから。90'Sより前のBlack Musicにおいて、この基準に該当する曲と歌手の軌跡があるならばぜひ知りたい。同時代で無いともして、やっぱり追いかけるほどの価値がある。歌手の個人的すぎる最高傑作には。
 



夜の世界に魂を喰われる

教訓 /祐峇愀犬髻嶇働」「お金」に変えてはいけない

性風俗は、突き詰めると、プライベートな人間関係をお金で売り買いする場です。《略》 性風俗のサービスを利用すれば、そういった努力を全てスルーして、「彼女とのラブラブな雰囲気」や「セックス」という、美味しいところだけを、ピンポイントでつまみ食いすることができます。また、売る側の女性にとっても自らのプライベートな人間関係に値段をつけて、「モノ」として売ることで、過去の人間関係におけるトラウマや、自意識の呪縛から逃れられる解放感を味わうことが出来る場合もあります。《略》

 性風俗などの夜の世界で、不特定多数の相手と性的な関係を持つことは、普段の生活では味わえない、強烈な肉体的刺激や、精神的な解放感をもたらします。また、日常生活では決して会えないような多様な履歴、強烈な個性を持つ人たちにも、夜の世界では容易に会うことができます。セックスの刺激の強さ、人間関係の刺激の強さの総量が日常とは桁違いになるわけです。 それと同時に最初は刺激の強さに夢中になっていても、関係する人数が増えるにしたがって、「誰とやっても同じ」「どの女も(男も)同じじゃないか」という慣れ、すなわち相対化が生じます。こうした相対化に伴う異性観、セックス観の変化は、不可逆的なものです。いったんそうなってしまったら、まず元には戻りません。《略》

 夜の世界の刺激の強さに慣れてしまったために、今更刺激の無い昼の世界=表社会で人間関係を作ることもできない。結果として、より強い刺激を求めて、ますます夜の世界にのめり込む・・・という悪循環。これを「夜の世界に、魂を喰われる」と表現します(P180)


なんなんだ、この本は。。
半端無い。今まで鈴木大介氏を中心に結構読んできたつもりだったのに、ここまで想像以上とは。かつ著者は1981年生まれ。日本は深くて広い。いま日大の監督が話題になっているけど、「若い頃はあれが普通だった」と言ってるんだって? それウソでは無いのだろう。時代は変わっている。どんどん良くなっている。#MeTooの運動もそう。R KellyがSpotifyから締め出されたのもそう

「ジャンクフード」ならぬ「ジャンクヌード」という言葉も素晴らしい。溢れすぎてる環境で育てば興味うせるよ。以前からそう思っているけど、このテーマを集中的に掘り下げるだけでなく、キャッチーな造語もできるスキル。もともとはタイトルに惹かれて買ったけど、そんな狭い範囲の本じゃない。女性にもオススメの中身になっている。男というものを直感で理解できる一部の人と、恋愛遍歴をくぐり抜けてきた人、以外の人はこういう良質な本で理解した方がいい。

「特定のパートナーと、定期的にセックスすること」は、何もしないでも自動的にうまくいくほど、自然なこともでも、簡単なことではりません。多くの夫婦は、気がついたら、セックスレスになっています(P192)
というのも、そろそろ明確に言ったほうがいい。理想論じゃどこにもいかない。

仮想事例△△覯饉勸・Bさん(31歳)の悩み
 結婚してから2年たつ。妻とは、職場恋愛で結婚した。容姿が好みだったのと、向うが30歳を間近にして結婚を焦っていたこともあって、交際開始から半年ですんなりゴールインした。しかし、妻とのセックスは最初こそ盛り上がったものの、次第に関心が薄れていった。これまでの自慰行為の影響か、妻の膣内で射精するのが難しく、時間がかかってしまう。なかなか射精まで至らずに、気まずい雰囲気になることもしばしば。仕事の忙しさもあって、妻との性生活は結婚1年目からほとんど無くなっている。性的な欲求はもちろんあるので、学生時代同様に、パソコンのアダルトサイトやスマホで最新情報をチェックしている。結婚して30を超えても、やっていることが高校時代から変わっていない気がする。昔好きだった女優が脱いだ映画のDVDはこっそり借りてチェックしている。
  周りの同僚の中には、不倫や浮気をしている人もいるが、そこまでヤル気にはなれない。それでも、雑誌の「LINEで浮気」特集には、つい目を通してしまう。
 これまでの性体験は、大学時代の元彼女と職場で知り合った現在の妻の、合計2人。今の妻との関係に不満があるわけではないのだが、性とは無縁の生活を死ぬまで送るのか、と思うと、学生の時にもっと遊んでおけば良かったな、と思ったりする。このまま性欲にフタをして生きるのも、学生時代のようにアダルトメディアをチェックし続けるのも、不倫や浮気をするのも、何かが違うと思うのだが、どのような解決策があるのかは分からない。
 最近、子供を作るために妊活を始めたので、月に1回、妻の排卵日に合わせて、セックスをするようにしている。しかし、妻からセックスの日時を指定されることと、膣内での確実な射精を要求されることがプレッシャーになっているため、行為自体はむしろ苦痛にちかい。これが延々と続くかと思うと、気分が重くなる(P50)


という事例も最大公約数のような気がしてくる。最初の盛り上がりのタイミングで上手く妊娠して、それでSEXできなくなって、その分、飢餓感が生まれて、、子供も産まれて、という勝ち組なステップを誰しもが辿れるワケじゃない。

恋愛の秘訣は、わずか1行で説明可能
 恋愛に何らかのロマンや幻想を抱いている人、及び、恋愛ノウハウの執筆や販売で飯を食っている著者や業者からは大顰蹙を買うことになるかもしれませんが、身もフタもないことを言ってしまえば、実は、恋愛は、既に「答えの出ている」分野です。《略》 痩せるための方法は、適切な量と質の食事をとり、適切な運動を日常的に行う事。たったこれだけです。ダイエット産業では、この基本的な事実を、手を変え品を変え、定期的にパッケージを変更して、、《略》 恋愛産業も、これと全く同じです


と書いている部分。この著者のこの答えには完全同意。うちのサイトでも書いた通り。ほんと、これだけだよ。ネタバレしたくないのでこれぐらいで。

最後に。この著者が宇多田ヒカルの最高傑作を「光」というならば、問答無用で聴く。




たけしのお笑い・芸術論

■センスはどこで養われるか

芸人としてのセンスは教えられるものじゃないけど、育ってきた環境というのは大いに関係がある。

 おいらの家なんか落語に出てくるような下町の長屋で、そこでいつもおふくろとおやじがじゃんじゃん口ゲンカしていた。うちの母ちゃんの口の速さと笑い話の上手さは、こういっちゃなんだけど、志ん生そっくりだったし。

 横浜の緑山みたいな戦後の高度経済成長期になって宅地開発されたような、いわゆる新興住宅地に生まれ育った奴とはそこが違う。隣近所と大きさも形も変わらない家がズラーっと並んでいて、満員電車に乗って都心まで毎日働きに出ているお父さんと、料理と園芸が趣味のお母さん、両親ともギャグのひとつも言わないそんな家庭で育った奴が芸人としてのセンスを磨けるかというと甚だ疑問だね。

 もちろん個人差はあるけど、そんな家に育ったら、そもそも芸人になるとは思わないはず。たまたまテレビで漫才を見て、「これは面白い!」と芸人を目指そうとしても、その時点で大きくハンデがついている

 《略》

 それは役者でもアイドルでも同じで、どこか影のあるような奴の方が芸能界に入って伸びる。山口百恵や中森明菜、小泉今日子とか。

 生まれや育ちはよくなかったけど、でも楽しいことがしたい。自分の手でそれを叶えようという理想に燃えているから、あきらめない。それはやっぱり強い。成功してからその影に引き戻されて、消えていっちゃう奴もいっぱいいるけど。

 だから金を払って、お笑いや芸の勉強をしようという考え方自体が、やっぱり新興住宅地的な考え方なんだ。中学受験のために揃いのカバンを背負って塾に行く子供と同じ匂いがする。それを芸人がやったらおしまいだ。(P83.太線は引用者)

 

もともとは「批評するならやってみな」 ビートたけしの大正論の記事を見て興味をもった。

「特にテレビで顕著なんだけど、それまでは『お客さん』だった人たちが、いつの間にかみんな『批評家』になっちゃった。それもネットの影響かどうかはわからないけど、視聴者が批評家然としてふるまうようになってきたのが、今という時代の特徴。 

という文章を見た瞬間にこの本:『バカ論』を買う気になった。一応音楽批評をしていると自認しているし、江藤淳の『小林秀雄』も以前に読んだしね。けど、あちらの本よりもこのたけしの本の方がダイレクトに学ぶ点が多かった。「成功してからその影に引き戻されて、消えていっちゃう奴もいっぱいいる」という部分は深い。どんなジャンルでもそう。スポーツ選手であっても長友は母子家庭だというし、小野伸二もそう。静岡に住んでたときは家の近くの小学校に彼の横断幕が飾っていたし、彼が幼少時代を過ごしていた団地の前がJRの駅だったしね。

 

はっきり言うと、「やりたい仕事が見つからない」ではなくて、やりたくてもそれに見合った実力がないだけ。さっきも言ったけど、おいらも芸人や漫才師が「やりたかった仕事」だったわけじゃない。たまたま偶然そうなっただけであって、本当はプロ野球選手やノーベル賞をとれるような学者になりたいと思ってた。けれど、身体が小さかったり、大学行って「研究者は無理だな」なんて悟ったり、自分にその実力がないことはすぐにわかったからやめた。「やりたい仕事が見つからない」というのは、実は図々しい考え方なんだね。(P.90)

こういう意見を学生時代に知っておくとすごく伸びるのだけど、なぜかTVでは滅多に見れない。アイドルがお笑いをやるようになって(そのことに対するたけしの意見がこの本に載っていて凄く興味深い)敷居が下がって、ニュース含めてどんどん手軽に楽しむ方向へTVはシフトしている。

 

批評される側の人が批評に対してまとまった量の意見/文句を言うのは滅多に無いので、だからこそ買ったわけだけど、それ以外の部分で非常に学ぶ所があった。もちろん批評については、個人的にはちょっと違う意見。みんな批評家になったとしても、多数派として安住する人と、少数派でもつきつめて体を張る人は違うから。どちらにせよ根本的には「どんな意見を言ってもいいけど理由はかけよ」だと思う。誰も見ないならそのうち発信するモチベーションも下がっていくから、そこまで気にしてもしょうがないと思う。「批評するならやってみな」は当然といえば当然だけど、そのルールを押し通すと、批評できるのはその分野のNo1だけになるよ。それはちょっと寂しい世界だと思う。もちろん零から生み出す苦悩と、生み出されたものに対してアレコレ言うのは、比べるのがおこがましいほどの圧倒的な差があるのだから、そこはちゃんと踏まえた上での意見表明は大前提。そんな意味では批評側に立つ人も、どこかのジャンルでは「零から生み出す苦悩」を味わうべきだし、それをしないと本人が気づかないところでドンドンおかしくなっていくとは感じてる僕もこの半年は新しいプログラミングパラダイムを打ちたてようと四苦八苦しているので、関数型にせよオブジェクト指向にせよ、誰かが作ったものをあれこれ言っている時はめっちゃ楽だったなぁ、としきりに痛感してる。出来た物を後からなぞると全く気にもならないレベルの地点で非常に苦労する。いつか大学とかで学ぶ場面になったらこの部分なんて3ページにも満たない分量になって、ちょっとでも出来る学生なら鼻で笑うレベルで理解するんだろうな、と昔を振り返りながら思う。使う側でなく作る側になって、やっと苦労する本当の場所が見えてくるね。。

 

この本はタモリ、さんま、所ジョージとかに対してたけしがコメントというか批評をしているのだけど、それが滅法面白い。殆ど同意できるし、それ以上に学ぶ点がある。純粋に素晴らしい。映画について語っている部分も凄く興味深いし、なんやかんやでやっぱりジャンルは広く取る方がいいね。お笑いという意味では、まっちゃんや、爆笑問題の太田、ロンドンブーツの淳とか、色々な人が意見を開陳しているワケだけど、どんなに自分自身に縁遠いジャンルであっても、だからこそ、その中で親和性が有る人を1人は見つけた方がいい。たけしとは顔面麻痺で重なるから。昔、そのまんまのタイトルの本を読んだけど、あの本は今回と違ってあまり学ぶところがなかったなぁ。この本では「テレビが面白くなくなった」と巷で言われていることに対するたけしの意見、またそれだけでなく面白くするためにたけしがやってみたい番組案もあって、それも非常に興味深い。ほんと色んな面でタメになる本。

 

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最後にひとつだけ。

 

■自分を探すバカ

「自分探しの方法がわかりません」

まだこんなこと言ってる奴がいるのか。どっかのサッカー選手が「自分探しの旅に出る」とか言っていたけど、バカがバカを探しに言ってどうするんだ。《略》 「自分探しを」とか言う奴には、ひとことで済む。「お前はそこにいるじゃねえか」それで終わる話。「自分探しの旅」なんてことになると、よりバカが増す。東南アジアやインドなんかをバックパック背負って、「自分を探すために、いろいろ世界を見て回りたい」って、それは”観光”と言うんだよ。いつから「観光旅行」が、「自分探しの旅」になったんだ。

大体そういう奴らは、アジアの貧しい国に行って、「子供たちの目がきれい」だとか、「この国に住んでいる人たちは、貧乏だけど幸せそう」なんてことを言う。嘘つけ。そんなこと言いながら、腹の中では「日本に生まれてよかった」と思っているに違いない。この偽善者め。本当にそう思うんだったら、日本に戻らず、その国に骨をうずめればいいんだ。そんなの自分探しでも何でもなくて、「ああ、俺は日本に生まれて良かった」なんていうつまらない自己肯定でしかない。(P.93)

 

笑えるくらいに酷い事言うなーというのが第一印象。けど、世間のアンチ派を代表しているし、この短い文章の中で重要なスタンスは全て網羅されている。猿岩石世代として、どっかのサッカー選手と同じ年の生まれとして、この本の中で唯一、完全に反論したい。まずはこちらの「日本を降りる若者たち」かな。日本という国に生き辛さを感じ、もっと物価の安い国に滞在すること。その是非。この本を読むと、最終的にはたけしが代表するような意見が正しいとは分かる。けど、やっぱり違う面もあって、そもそも「自分探し」というネーミングセンスがダメ。誰がつけたのか謎だけど、こういう学生時代の貧乏旅行は昔からニーズがあった。単なる観光旅行じゃない。確固たる理由があり、やむにやまれずに旅に出るのだけど、なぜそれが必要なのか本人は言語化できてない。そういう言語化できない衝動こそが本当は大事。ここら辺を語るには名著:沢木耕太郎『深夜特急』を読むべきなのだろうけど、未読。。でも、こちらに書いたように、やっとここら辺を表現するための枠組:フレームワークが分かったと思う。ここまで来るとさすがに脱線しすぎなので、続きはBlog2で。




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