Soulとは何か? Foolの連鎖を断ち切れること

 いかん、寝れん。

「電気を消した三秒後にはいびきをかきはじめる。のび太くんより寝つきがいい。特技と言えるレベルだと思う」といわれる位に寝つきがいいのに、今日は寝れん。人間って、一日に処理できる心への入力量が決まっていて、それ以上の内容がくると心も思考も混乱するのだと思う。この年末年始でかねてからの予定だった以下の三冊を読もうと思っていたのに、,了点で寝れなくなりました。。

:「この世でいちばん大事な「カネ」の話」 西原理恵子著
:「家のない少年たち」 鈴木大介著
:「家のない少女たち」 鈴木大介著

,砲弔い討こちらで紹介されていたから。
西原理恵子の貧乏話に初めて出会ったのが映画『ぼくんち』であった。筆者は数年前に渋谷のマイナーな映画館でこの映画の予告を見て死ぬほど驚いた。それは単なる予告編であったが、これは見なくてはなるまいと思い、封切りを速攻で観に行ったら案の定傑作であった。
とある田舎町の銭湯の扉がガラリと開いて小学校高学年位の男の子とその弟らしき小学校1年生位の男の子の2人が風呂桶を抱えて登場する。その銭湯の番台のおばちゃんに弟が大きな声で宣言するのである。
「おばちゃん、僕たち貧乏なんです」
すると間髪入れずに
「入れ!」
と、おばちゃんは一喝するのであった。これにはしびれた。
ストレートな貧乏という言葉が鮮烈だったのである。
それが西原理恵子原作、阪本順治監督の『ぼくんち』であった。ここには本当に作り事ではない日本の貧乏が活写されていた。切なくて素晴らしい映画であった。
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第一章 
どん底で息をし、どん底で眠ってた。「カネ」がないって、つまりはそういうことだった。

生まれる場所を、人は選ぶことができない。だとしたら、ねえ、どう思う?
人って、生まれた環境を乗り越えることって、本当にできるんだろうか。
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四国の漁師町に生まれ、酒乱でDVで、アルコール依存症の実の父親は三歳のときにドブにはまって野垂れ死にしている。その後再婚した義理の父もギャンブルと事業の失敗から彼女の受験の日に母親を血だらけになるまで殴って首吊り自殺を遂げている。壮絶な環境である。
その後母親からなけなしの100万円を貰って上京し、予備校から美大に自力で進み、エロ本編集やキャバレー勤めをしながら独立し、その後漫画家としてひとり立ちしたのはよいが、取材のためにギャンブルにはまって5000万円をどぶに捨て、FX取引で財産を失い、アルコール依存症の夫のDVに苦しみ、その夫と離婚して再婚したがその夫を半年で癌で失い、今は母子家庭となっている。

ここまで見たら読まなくちゃ駄目でしょう。なのに、このレビューを見た時は避けてた。。奥底では分かっているんだよね、この本を読むと自分自身のベース(地面)が揺らぐだろうって。さすがにこんだけぶっとんだ人生は今まで聞いたことが無いから。だからずっと迷っていたけど、先日Sam Cookeに追加して、やっとこの本と向き合う勇気が出てきた。

△遼椶呂燭泙燭渊唾の図書館でプラネタリウムの時間待ちにぶらぶらしてる時に見つけて、タイトルが気になって中身を見たら衝撃だったから。は△虜郤圓料虻遒箸いΔ海箸如


純粋に裏家業とは言えないグレー産業のホスト業界だが、ここを通じてガチの不良にデビューしていく者も多かった。だが取材をしていて、彼らほど、一般のイメージと乖離した存在もないことに、僕は気づいた。<中略>
すべてがそうとは言わないが、ホストとは弱者が目指すもので、その弱者を食うことによってホスト産業が成立しているといってもいいと言うのだ。<中略>
「キャバクラでもそうだけど、田舎のちょっといハズれちゃって不良にもなれないヤツとかが、東京とか大阪に出てホストになれば「何か自分を変えられるかも!」みたいな。でもホストも、店を経営する側からみたら、新人のホストで田舎出でなんも知んねーヤツなんか、ちょーカモじゃん。上手く女にカネを落とさせれば店の売り上げ。そいつが担当してる女がカケ持ったまま飛んだら(売掛金を払わないままで逃亡したら)、その田舎もんのホストに何をやらせてでもカネにして返させる。それこそ奴隷みたいにあちらこちらで使われてカネ作らせる。臓器売れぐらいの? でも元々、カケっつったって、焼酎水道水で薄めたみたいなので原価もクソもないんだから、その男が飛んでも店は痛くないわけで・・・。つまり店からしたら、無駄に夢見て出てきている田舎もんのホストそのものが、実は食い物なんですよ」<中略>
「そう、ヤツらはカモだけど、必要なんですよ。そういう暗い過去とか引きずって病んだヤツがいると、病んだ女が傷の舐め合いで寄ってくるじゃないですか。精神的に健康な女なんて、自分の財布が許す範囲でしか遊ばないから、ダメなんですよ。病んだホストが呼ぶ病んだ女は、ちょっとプッシュすればドカッとヤバい遊びをしてくれる。こういう女からきちんと集金していけば店はどんどん大きくなる」

 話を最後まで聞く前に、僕はこの日サロ帰りの元早大生をボイスレコーダでぶん殴ってKOさせたくなったが、結局のところ神野君が言うことは、痛いほどに、残酷なまでに、正鵠を射ていた様に思う。



個人的なSoulの定義は「その歌を聴いて救われた」と思う人がいるかどうか
どんなジャンルのどんな歌であっても、こう感じる人が一人でもいれば、その人にとってのSOULミュージックなんだと思う。それはソウルフードもそう。その人にとってもかけがえのない思い出につまった食事(メニュー)であれば、それはその人にとってのソウルフードでしょ。音楽も一緒で良いじゃん。

けど、やっぱり僕自身は「本当のSoulならばFoolの連鎖を断ち切れる」
と思ってる。,虜郤圓里茲Δ縫ャンブルで文字通り身を滅ぼした父親がいながらも、自分がギャンブルにハマってしまったことについて。「生まれた環境を乗り越えることって、本当にできるんだろうか。」という自問自答。このようなFoolの連鎖を断ち切れるのがSoulだと思っているから。

その上で一つだけこの,遼椶剖豸澄
「夏の課題図書」INは当然で、未来の日本の「道徳の本」になるべきぐらいの価値のある本に苦言をいっていいのか?と思うけど、ひとつだけ。本当に一番大きな嘘は自己正当化の中でも、自分自身が一番正しいと思っている事の中にある。これが自分を振り返っての結論。西原さんも同じだよね。

それはね、自分でちゃんと痛い思いをしながら描かなかったら、お客さんにも笑ってもらえないから。「負けたけど、出版社の経費で落とせるので、私は痛くもかゆくもありません」っていうんじゃ、読んでくれているひとはおもしろくも何ともないでしょ。
これは限りなく正しい態度。こういう態度で生きる大人でありたいと思う。
だけど、ギャンブル漫画を描くこと自体から段階的に足を洗うのは可能だよね。編集者との関係や、せっかく読んでくれてる読者との関係とか色々とあるけど、トータル5千万円までするのは求められてないよね。1千万つぎ込めばさすがに周囲は納得するでしょう。だからざっくり4千万円分は純粋にギャンブルにハマったからであって、それを上記の自己正当化でごまかしていると思う。正しい/正しくないって、枠組みで決まるんだよね。。その枠組みを変えるのが、実は一番難しい。本人が薄々「正しくないことをやっている」と思ってたら、どっかでブレーキがかかるから。ブレーキがかからないのは、「正しいことやっている」と思える枠組みにいるから。もちろん親のように借金してまでギャンブルしてない。あくまでも自身で5千万円を稼いで、それをすっているのだから、他人がとやかく言う問題じゃない。「借金してまでギャンブルするな」を守っている時点で親を乗り越えているし、愚かな連鎖が縮小方向に進んでいるのも確か。だから、一世代でイキナリはゼロには出来ないと言うべきなのか。

本の中で「悪い虫」って誤魔化しているよね?FXをする前に。
その虫の姿を正面から見つめたことがある?もしかしたら虫のサイズじゃないかもよ。今は地面に隠れているだけであって。

相手のわずかなネガティブを見つけて、それをつつく事で自己の平静さを保とうとする、そういう「悪い虫」が僕の中にいる。そこまでしないと、一晩中寝れないぐらいにこの本は衝撃だった。

あのね、「貧困」と「暴力」って仲良しなんだよ。
貧しさは、人からいろいろなものを奪う。人並みの暮らしとか、子どもにちゃんと教育を受けさせる権利とか、お金が十分にないと諦めなければいけないことが次から次に、山ほど、出てくる。それで大人たちの心の中には、やり場のない怒りみたいなものがどんどん溜まっていって、自分でもどうしようもなくなったその怒りの矛先は、どうしても弱いほうに、弱いほうにと向かってしまう。
貧しいところでは、だから、子どもが理不尽な暴力の、いちばんの被害者となる。
あのころ、どの家でも、親が子どもを殴っていた。
本気で殴られるんだよ、お父さんとお母さんに。それはしつけとか教育なんてもんじゃなかったと思う。怒りなの。生活のしんどさのあまり、親たちの、どこにぶつけていいのかわからないままパンパンに膨れ上がった怒りが、ひどい言葉や本気のこぶしになって子どもたちに飛んでいく。子どもたちはそれこそ「茶碗をひっくり返した」とか「みそ汁をこぼした」とか、子どもの毎日につきものの、そういうささいな失敗で殴られていた。
そんなのひどい。まちがってる、本当にそうだと思う。
だけど親は親で目の前の生活をどうするかに必死で、気持ちの余裕をすっかり、なくしていたんだろうね。
<中略>
「貧しさ」は連鎖する。それと一緒に埋められない「さびしさ」も連鎖していく。ループを断ち切れないまま、親と同じものを、次の世代の子どもたちも背負っていく。
わたしが大人になってから出会ってきた人たちの中にも、子ども時代にかなしい思いをいっぱいしてきた大人がたくさんいる。くぐり抜けてきたんだよね、そういうところを。くぐり抜けてちゃんと大人になったけど、それでも子どものころのことは忘れてないし、忘れられない。
子どものころって、誰でも、心がうんとやわらかいからね。
でも、そのぶん、心の風邪をひきやすいんだと思う。
いっぱい傷ついて、自分が傷ついてるってことさえわからないまま、心の中に穴があいて、そこによくない風がたくさん、たくさん吹きつけてきたら、その風邪をこじらせたまま、大人になってしまう。
そういう意味では、人は、誰でも病気を抱えてるんじゃないのかな、心に。
傷ついたことがない子どもなんて絶対にいないからね。
キーキー怒って子どもにあたりちらす親も、ギャンブルにはまって暴れる親も、どっかで心の風邪を、うんと、こじらせちゃったままきてしまったのかもしれない。
でもそれは、わたしも大人になってから思うようになったことで、子どものころは、何で自分たちはこんな思いをしなきゃならないのか、どうしてふつうにしあわせになれないのか、ぜんぜん、わからなかった。

この文章は非常に凄い。感動とかそいういうレベルじゃない。何よりも受けた痛みの原因となった相手までを気遣える所が素晴らしい。どんな幼年時代をすごそうとも、最終的には人はこの地点まで歩く必要があるのだ。

ただ、一つだけ。暴力と仲良しなのは貧困だけじゃない。世の不幸な事件の種類にはもう一つあるよね。成功しつづける親に育てられた子供。

「今までの人生で負けたことがない」と「暴力」って仲良しなんだよ。
なぜなら子供のパフォーマンスが期待値以下なら、それが初めての負けになるから。全てのジャンルで負けたことが無いなんてありえないのだから、こういう人って小さい嘘を重ねているんだよね。そんな人は「目を背けれない初めての負け」に対してどんな手段をとってでも回避しようとするし、その態度で最終的に行き着くところは「暴力」だから。

でも家がある。寝る場所がある。その幸せ。そこら辺を↓を読んだ後に改めて考えたくて。来年は35歳だ。その前にやっておくべき事がまだ山のように残っているなぁ。。とりあえず、ここまで書いたので今日は寝ます(笑

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2011/12/31

↓も読みました。僕が何かいえるレベルの内容じゃないです。以前に「東京タワー」がベストセラーになって映画化&ドラマ化された。西原氏の「ぼくんち」も東京タワーのような社会現象とまではいかなったけど漫画賞を受賞しているし、一部では凄く話題になったみたい。けど、↓に出てくる登場人物たちはあまりに言語を絶する境遇だから、読んで吐きそうになる人も出てくるんじゃないかな。僕も途中3回ぐらい本を閉じてしまったから。R&Bのアーティストもシングルマザーの割合が非常に高い(8割ぐらいいってると思う)けど、この本にあるように親が重度のジャンキーとか、親から「ねえ、お願いだから二十歳になったら生命保険に入って死んで」と言われるとか、継父からレイプなんてレベルは流石に聞いたことない。

二十歳の頃、ZEEBRAの幼年時代を知っても、「祖父が理由で学校で虐められるなんてまだ可愛いもんだよ」と感じていた。「確かに自分自身の意志ではどうしようもできない理由だから、その分辛いのは分かる。けど、自分自身が原因じゃないなら、最後の勇気は残るよね」って。だから、怖くなったほどの幼年時代って、友達の彼女から聞いた「シングルマザー&小学生高学年の頃に変質者に数日監禁された」の一つだけだった。そんな風に生きてるから、この本を読んで随分と狭い世界に生きてた事を痛感させられるんだ。意識的に広げようとすればいいのに、音楽を聴く以上の事は全くしてこなかったな。。




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