意味段落に分ける

ひさびさのHHAIコーナー。3連休の最終日なのでたまには違った観点から。

改めて国語の指導要領を読んでます。H29の改定から変わった。今は「文章を読んだ後に内容について議論している2人の発言」から問われる。「文章を理解している人を理解する」ってメタな構図。かなりびっくりだけど、「AIに負けない学力」が今の教育の根本テーマだから。ずっとAIをやってきた立場からすると買いかぶりだと思うけど、記憶力で解ける問題なんて今後必要ないのは同意。実際の生活でも皆さんは「音楽を聴いて理解しているつもりになっているうちのサイトを読んで、私の人間的タイプについて理解する」のだから、ある意味当然な能力かもしれない(笑、いつから出来るようになるんだろうね。周囲に変人がいる割合で変わりそうな気がするよ。

 

ある程度の長さの文章は、まず意味段落に分ける。これが国語の解法の基本。

 

なのにここで躓く。どうやってやるんだ?決まった解法もなければ、プログラムを作った人もいない。だから人間向けの解法から調べる。検索すると面白い情報。このサイトでは意味段落の見つけ方を

 

話題の転換を表す接続詞: 「さて」「ところで」「では」「次に」等を見つけたら、違う話題に移る

結論を述べた時: 段落末尾で筆者が結論を述べた時は、一意味段落の結論に当たり、次の話に進むことが多々ある

といってる。

 

その上でセンター試験は過去問から分析すると殆どの文章が意味段落は4つ。ひとつの意味段落の中で設問が完結とか。Yahoo知恵袋でも結構話題になっているんだね。駿台の中1コースも熱く書いてるけど、、この人の考察の方が良いと思う。

 

意味段落って絶対にあるものじゃなくて、「分かりやすい(骨格がしっかりしている)文章には存在する」という大前提でしょ。だから、国語の能力の最終地点は誰かの分かりにくい文章を書き直すとも思える。もちろん書いている内容の正しさもあるけど、それはジャンルごとの専門能力が必要(例えば携帯電話における電磁波の問題とか)だから、国語だけではカバーできない。

 

昨年、会社で文章力検定2級を始めて私も事務局として受けて、、、落ちた。合格率は20%とはいえ結構凹んだ。いつも国語はこれなんだよ、、、センター試験も深読みすぎて点数悪かったしなぁ。今回落ちた理由はひねった文章を書きすぎたせいみたい。模範解答は公開されないし、採点の理由も定型文から選択されるみたいけど、その定型文自体が分かりにくいんですけどーーー

 

分かりやすい文章と、読んでて楽しい文章は違う。うちのサイトも分かりやすく書くことは注力してない。だから意味段落に分けれるのか自信が無い。けど、主題が複数あったら投稿を分けるべきだとは思う。主題はタイトルで分かりやすく表現しようとは心がけてる。Webの文章は3行〜5行ぐらいで形式段落をわけるのが普通。これはデバイス側からくる見やすさの問題。主題がひとつなら、意味段落が10個とかはありえない。確かにMAX6か7ぐらいかもね。

 

 

意味段落という概念は楽曲に存在するのか?

そんなことをぼんやりと考えている。音楽における意味は歌詞と曲のどちらが担っているんだろうね。曲のタイトルが一番明示していると思うけど、よっぽど見たこと無い単語を使ってない限り気にしない。いまもSnohのFool For Youを聴いてるけど、ありきたりのタイトルだから注目してなかった。機械的にDAPに入れて通勤中に聴いてたから、「おお、名曲だなー」と思って初めてじっくりと曲名を見ながら掘り下げる。これって、I am Fool for youでなく、wasだよね?まだ歌詞カード見てないけど、wasと聴こえたような。これがamなのかwasなのかは結構大事。おお、歌詞を調べたたら、I'll be a fool for youでI'm a fool for youか。まじか。声の表情はwasと歌っているぞ。

 

そもそも恋愛中にfoolって気づかないから。

周囲はfoolと思っていても、本人達はまったくfoolとは思わない。別れて気づく。恋愛中に自身のことをfoolと気づく時点で気持ちが冷めているハズなのに、それは感じない。確かに過去を見つめる視点は次のTimeの方が強い。けど、ここら辺って意味段落とは関係ないからなぁ。この曲の歌詞を見ても意味段落というほどの構造を感じない。丁寧に作られたアルバムにおける曲順はかなり意味段落の概念に近いと思うけど。時代と共にそういう作り方が減ったと感じる。

 

小論でなく小説でも意味段落って概念は存在するのか?

「注文の多い料理店」の実施要領には

作品を三つの場面に分けましょう。
「場所」がわかる言葉や文にサイドラインを引き、左の表に整理しましょう。
それぞれの場面で起こったできごとをまとめましょう

と書いてあるけど、なぜ3つなのかは書いてない。著者の宮沢賢治は3つに納得するのかな?そんなことも疑問だったりする。けど、お互い知らない状態で出会って、相手のことを聞く。相手の人生を意味段落に分ける。それは理解のために無意識的にやってる気もする。通常は学生・就職・結婚とかだけど、一般的な段落とは違う区切の人も多い。

 

どこで区切るのか本人の意思もある。

92年:中学3年:受験とBlack Music、あなただけ見えない

96年:大学1年:2度の入院

01年:修士2年:サイト作成、色々

ここら辺が個人的な区切だけど、自己申告が正しいワケでもない。もちろん正しさはどこにもないけど、自己申告はエゴを含むので現実の反映としては弱い部分があるから。相手の自己申告の意味段落と、自分なりに受けとめた意味段落。この二つの差が見えたら、相手の理解においてはパーフェクトなのかもね。そんな気がする今日この頃。

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