女々(めめ)しい曲に惹かれるとき

ひさびさにAz yetを聴いてる。112と違ってこちらのデビュー作は売れないフェーズ。ところがそれが心地よくて、本当の場所のような気もしてくる。1996は20年以上前のなのに時間の距離感が分からない。その前後の年はここまで記憶鮮明じゃないから、入院と112とAz yetのせい。それなりにヒットしたLast nightはべつにいい。いまとなってはcare for meに一番惹かれる。こんなにも女々(めめ)しい曲なのに。

 

マーク・ネルソンのソロの方が強力曲だけど、あちらの方が感情のコントロール範囲。劣った曲に惹かれるのはそれだけ劣った気持ちとリンクしてるから。無を自慢したくて、坐禅を自慢したくて、何も無かったあの頃を自慢したい。そういう欲望。どこまでいっても、何もなかったことは自慢にならない。けど、何もなかったことを正面から受けとめていたことは自慢したい。それもエゴだったとこの曲に諭される。

 

過去を飾るなと。

あの頃はそんな良いもんじゃない。百歩譲ってそう思えたとしても、それは24時間の中の15分ぐらいでは? 逆さにしても一時間はおろか30分もないと思える。あとの23時間45分はこの曲の方が事実に近いよね。寝てるときの方がまだポジティブな状態だったでしょ。

 

僕が君をケア(気にしてる)ように僕のことをケアしてほしい

 

この思いを、叫ぶでもなく、淡々と綴る。心が普通以上のときは鼻で笑うレベルの曲。なのに、女々しい気持ちのときは本当に寄り添ってくれる。ここまでストレートに女々しさを正面から取り上げた曲は他にない。それなりにサビとブリッジはカッコよく?作っているから、それなりに名曲。特に最初のサビまでの淡々とした描写、ハマルときはほんとに癒される。

 

別れた恋人に戻ってきてほしいという時点で女々しい。

けど、この世には本曲のようにもっと高い?低い?レベルの女々しさがある。

 

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せっかく冬だからAz yetをshe's magicから聴き込んでいたのにね。冬になったら彼らを聴くことはクリスマスアルバムと同じぐらいに大事な習慣。このコーナーをつくったときはAz Yetはマイナーすぎて入ってなかった。けど20年ぶりに新作を発表できたからこそ追加しようとおもって聴きこんでいたのに。なのにここに辿り着くのか。まったくなあ。

 

この世に僅かしかいないAz yetのファンにさえ喧嘩うることになるけど、彼らのコアはこの曲です。やっと断言できるようになった。それをAnna's songのようにガツンとはいえない。女々しさは女々しく語るしかない。そうやって自分を慰めてます。それも女々しさか。いかん、抜けれないループにいる。こういうときはもう寝ないと。。

 

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「女」という文字重ねてこの意味を出す。女々しいって単語はそのうち使用禁止になるだろうね。そもそも男の方が過去に女々しいと言われるのに。気になって調べてみた。そうか、英語も日本語と同じ発想の単語になるのか。びっくり。

 

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