見えない不安が広がるとき。漆黒に浮かぶ香の光。

どうしても寝れない夜。

 

大事な日の前日でなく、モヤモヤが積み重なって寝れないとき。

昔から精神的な安定のために坐禅や瞑想が推奨されてる

けど、あれらはいきなりやるにはレベル高過ぎる。

 

単に足を組んで座っても、余計に混乱するだけ。

意識を無にするなんて絶対ムリ。

布団の中で参考になるサイトを探する気力があればまだマシ。

誰かに相談できるならホント幸せ。

 

どんな人であっても、働き稼ぎ暮らし始めたら、数年で一度は体験する。

初めてこの状態になったとき、正しい対応ができないと不眠症になる。

周囲にもいた。薬のんでた。けど薬はヤバい。精神に作用する薬は全て

中毒性があると思ってる。薬のむ状態になる前に対応したい。

そのときに一番簡単で有効な方法。

 

 

真っ暗なお風呂でお香をたき、その光を眺めること。

 

これまでの膨大な実践の中でやっと見つけた。

一昨日、ひさびさにやった。ガチにやったのは数年ぶり。

そして、この対応方法の正しさを再確認した。

昔、ラウルミドンの作品と一緒に書いた。

けど、うちの音楽ジャンルに会わない人には逆に分かりにくいだけだから

改めて書き直すことにする。

 

 

なぜ、漆黒と香の光が大切なのか。

 

そもそも「漆黒」とは何か。それは目の前に手を持ってきても、手が見えないぐらいの暗さ。

現代社会では達成が困難。部屋の中には様々な電化製品が停止状態でも薄く光ってる。窓があれば月や街路灯の光が入ってくる。完全な漆黒を作れるのはトイレか風呂のどちらか。トイレもウオッシュレットならば温水度合のランプがある。風呂でも追い焚き機能があればそのパネルが光ってる。

 

モヤモヤで悩む時、漆黒から形を紡ぎ出す必要がある。

本当ならば漆黒だけが良いけど、あの世界は恐怖心をかきたてる。どん底のときにやると底に引きずり込む無数の手が浮かんでくる。だから人には薦めない。せめて希望の光は必要。

 

けど、ろうそくはダメ。光が強すぎてモヤモヤ感が無くなる。

その点でお香の光は良い。ぼんやりとした優しさ。漆黒の中で見ると、遠近感がぼやけてくる。この良さ。

 

アイソレーションタンクがある。本当はこれがオススメ。けど、なかなか体験できない。それに感覚を完全に遮断するから希望がないような。希望の光は欲しい。ドラックに逃げるのはバカ丸出し。大事なのは変性意識を味方につけること。変性意識は快楽のために使うものじゃない。モヤモヤの先にある新しい概念や発想、歩く道を掴むためにやる。面白半分じゃむり。面白半分でやるとすぐに風呂で寝るから(笑) ドラッグは面白半分でやって中毒になるのが至上ダメな点。

 

18のころ読んだ本に書いてあった。アメリカでヒッピー文化が盛んだったころ、LSDや東洋文明が流行してて、ドラッグをインドのグルに飲ませても、まったく変化なくてびっくりしたと。坐禅もドラッグもいける地点は同じ。自力か他力か違うだけ。あの本に影響されてだ坐禅始めた。もう本の名前も記憶の彼方だけど、あの時期にあの本を読めた感謝として、この文章をかいた。

 

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[追記]

縁あってこの記事書いてから2つの本を読んだ。僕が座禅を実践してた20年前から大きく社会も変わった。あのころ座禅なんてアホの極みで、ヨガも座禅よりちょいマシぐらい。駅前にヨガ教室がある時代がやってくるとは思いもしなかった。ヨガは女性のたしなみレベルまでなったし、座禅も「マインドフルネス」としてよりライトになっている。

 

いま瞑想・座禅を学ぶならこの苫米地氏と成瀬氏の対談本『瞑想と認知科学の教室』が一番良い。Amazon読み放題になっているのも素晴らしい。苫米地本はうちのサイトであちらあちらを紹介したけど、座禅・瞑想ベースの入口としてはこの本が最高だと思う。最初にマインドフルネスのいかがわしさに苫米地氏が激怒しているのがいい。ほんと偽仏教ベースのアホエロカルトの教祖は全員火あぶりにすべき。もし10代でこの本を読めれば、アメリカでなく日本で生まれたことを感謝していいと思う。それだけの良さがある。加えて成瀬氏の解説も素晴らしい。特にライターの中村さんの質問が凄く良い。(短くするためにちょっと書き換え)

 

 

僕は執着とか煩悩が悪いとは考えてないです。煩悩や執着があるからこそ前向きに努力して、それでも失敗したとき「ああ、この執着はいらなかったな」って分かって捨てるわけですよ。最初から捨てる必要はない。

そもそも煩悩を捨てるとか悟りたいっていうこと自体、思いっきりデカい煩悩なのに、そんな中にいながら煩悩を捨てなさいって変な話だとずっと思っていたんです。

ああいうのを言ってる人たちは瞑想をちゃんと実践してないんですよ。教団のマニュアルを学んでいるだけ。ちゃんと瞑想していたら「無になりなさい」なんて絶対にいえなくなりますよ。

結局、煩悩は捨てなくてもいいですよね?

捨てなくていいです。しがみついていたらダメってことです。

根本的な話なんですけど、そもそも悟る必要ってあるんですか?

必要があるか、ないかではなくて、人間はそこに向っているということです。言葉を変えると人間って学校に行く必要があるんですかっていうのと同じです。《略》社会にでて、仕事する必要あると。《略》向っていく先は結局のところ死なんですよ。その死を迎えるという中でベストな死がこっちですよということです。

ほんとこの本が二十歳の頃にあれば瞑想・座禅に関する壁の90%は無くなったと思う。ほんと良い時代になったよ。

 

そして、もっと大事な事として悩む中身はある。悩まなくてもいい部分で悩んでしまい、逆に、悩まなくちゃいけない部分で悩まないことはよくある。その悩まなくていい部分の最たるものが「行動力」だね。「なんで僕は行動する勇気がないのだろう?」なんて考えるヒマあれば筋トレやれという『超筋トレが最強のソリューションである。筋肉が人生を変える超科学的な理由』は素晴らしい。

・死にてえって思ったら筋肉を殺そう

・手首の代わりに筋繊維をカットしろ

・金や人よりも筋肉を信じるものは救われる

・自尊心と筋肉は兄弟のようなもの

これは爆笑レベルの素晴らしい名言。厳密にはマッチョな筋トレじゃなくて適度な運動習慣でも良いとは思うけど、身体論については古武術の時から色々と思うことがあるので次回Blog2いきます。

 

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    火曜日モヤモヤで寝られず、翌日会社休んでしまいました。私はひたすら好き音楽を布団に入って聴いてました。こんな方法もあるんですね。
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    • 2019/12/15 10:18 PM

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