「恋愛ドキドキとは何か」&「しょぼ婚のすすめ」

恋というのはそもそも衝動で、結婚生活というのは現実の積み重ねですので、「恋人としてはいいけど結婚するにはちょっと」という人がいるように、「恋人という感じではないけれど結婚相手としては適している」という人も存在し得ます。

 

えらいてんちょう(ペンネーム)さんの『しょぼい起業で生きていく』は以前に読んですごく感動した。今の若い人の起業ってベンチャーとか意識高い系が多いけど、この本はもっとゆるい(しょぼいというよりゆるい感じ)起業を薦めて、「これならやれるかも」と思わせてくれる敷居の低さ。普通に会社勤めをしていても、この考え方を知るだけで「人間ってなんとか生きていけるんだね」と思えるようになって根源的なストレス耐性がつく。うちのサイトはこういう部分では絶対にウソはつかない。個人的にはテント担いで山に行く事で「人間はこれだけあれば生きていける」と思える派だったけど、これはハード寄りだから。

 

「美人な娘が結婚して→旦那が浮気して離婚」という話を二回ほど聞いた。一人は会ったことも話した事もある。確かに美人。もう1人は友達の妹で会ったことはない。けど友達のイケメン度合いを見てると妹も美人だと想定できる。「美人とイケメンが結婚すると、男が浮気して離婚する羽目になる」というのは真理だと思い始めた。浮気を許さず離婚するのも美人の証明のような。。たしかにそのあと数年して1人は再婚した。さすが相手が同年代のイケメンから、10歳上の金持ちでもなく見た目もそんなパッとしない男性と結婚したのはびっくりしたけど、それだけ学ぶところがあったのだと。

 

恋愛ドキドキとは何か?

「しょぼ婚」と「イケメンの浮気」の根底にある共通項がドキドキだと思っている。以前から色々と考えていたけど、やっとまとまってきたので結婚と離婚の第二段いきます。

 

「ドキドキ」は心理的な緊張。誰もが納得する定義は「自分の心臓の鼓動(ドックンドックン)を意識してしまう」。普段は呼吸も意識してない。意識しろと言われたら、いつ吸って吐いているか分かる。「心臓の鼓動を意識しろ」と言われても結構難しい。けど、ドキドキは心臓の方から意識に割り込んでくる感覚。状況としては、大事な発表の前とか。手に汗握る感じもあるね。

 

心の完全な理論は未だに無いが、根本が《快》《不快》になるのは合意されている。

するとドキドキは快なのか不快なのか。どちらもある。合格発表の前は・・・不合格→不快だからドキドキも快ではない。遊園地ならどれだけ怖いジェットコースターでも「死ぬことないだろ」で快の方が強いかもね。けど「先月、事故って1人死んで、やっと再開された」と聞いた瞬間に不快というか不安。ここまで読者の方と合意できたと想定して、以下続けます。

 

 

恋愛ドキドキとは・・・

ー,療験がプラスなのかマイナスなのか想定できない

▲泪ぅ淵垢鷲垈なハズなのに、なぜか《快》に到着。すなわち不安なのに快

 

突き詰めるとこれだけだと思ってます。どちらに転んでもすぐ快ならば「寛ぐ」ことはあってもドキドキは無い。どちらに転ぶか最初から想定できるならドキドキは無い。この時点で、結婚だろうが同棲だろうが長い恋愛だろうが、一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど恋愛ドキドキは減る。こんなのは自明の「じ」ぐらいなんだから、中学生で教えとくべき。それに加えて、恋愛=恋愛ドキドキという理解も訂正しておくべき。なのにテレビでも漫画でも文学でも色んな場面で恋愛ドキドキを描く。それは、稀だからこそ価値があると思っているのかな。そこは同意。なぜって,鉢△辰討なり矛盾に近いから。マイナスが想定されたら不快になるのに、最終的に快になるって、そりゃよっぽど惚れてる→恋は盲目なときだけ。

 

じゃあ、なぜ人は恋するのか?

 

この時点で、僕はえらいてんちょうさんとは意見が分かれる。れらいてんちょうさんより恋は大事だと思っているから。

 

 

縁側でお茶を飲むのはセックスです

セックスは夫婦間のスキンシップの延長線上にあるのであって、どこからがセックスかという境界線を引くことは難しいからです。

《略》他の人には見せない夫婦間のスキンシップはすべてセックスの一種と呼んでよいと思います。

この斜め上からのぶっ飛びガツン感。感動するわーー。色々と本を読んできたつもりだけど、こういう意見って初めてだし、最初に見たときはぶっ飛んでても、よくよく考えると凄く納得する。

 

改めて、なぜ人は恋するのか?

それは、心の奥底で自分自身の器を広げたい・変えたいからだと。自分と完全に同じタイプの相手には恋しない。苦手とか引っ込み思案なことを快とともに届けてくれる。それをできる自分になれると思わせてくれる。これが恋の正体なんだと。自分を守る殻が強いとなかなか恋しない。逆に殻がなくても恋しない。誰とでも楽しくやれる人はなかなか恋しない。いまのところ僕はこんな風に考えてます。

 

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ちなみにこの本は、それ以外にも

理解できなくても相手の趣味は否定しない

夫婦は分かり合わなくてもいい、けなし合わなければいいのです

家計には使途不明金があったほうがいい

感情のコントロールは難しいが行動はコントロールできる

友人夫妻とパパ友ママ友を混同しないこと。

こういうことを掘り下げて書いているし、本の後半はQ&Aコーナーで読者からの質問に答えていて、その内容も全て同意。

「親に虐待されて育ちました。子供に連鎖させてしまわないか心配です」

「発達障害があり、生活に支障をきたしています。結婚したいとは思っているのですが」

等の質問にこれだけナイスな回答している時点で尊敬できる。ほんとに凄い本ですよ!!

 

ただ、趣味だけはちょっとスタンス違うかな。

「本当の一番は相手に薦めるし、どれだけ合わなくてもそれは体験してみる」

のがうちのルールだから。もちろん一番は相手に合わせる。Black Musicでうちの一番はあの男性歌手3人だけど、学生時代にブラバンでトロンボーンしているうちの奥さんからみれば当然一番じゃない。ブラバン・オーケストラ好きに一番伝わるのはJohnny Gillだと思って昔コンサートに連れて行った。富士山は日本人なら誰でも1番だからすんなり合意された。今日はお世話になった人が参加してる市民楽団のクラシックのコンサートに行った。あいかわらず眠たくなりそうだったけど、プログラム2番目のシベリウスはビビった。弦楽器を打楽器のように演奏させる。もちろんティンパニも大活躍。祖国フィンランドの神話から着想した交響曲らしいけど、もともとは太鼓ベースだったのだろう。それを弦楽器で表現したからあんな感じになったのかな。オーケストラでピンと来たのは生まれて初めて。

 

 

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