大和田慧

一昨日にコンサートに行って来た。昨年、澤田かおり×大和田慧のツーマンライブに行って、今年は2日空けてほぼ連続で両者のコンサート。両方とも色んな意味で感銘をうけたから未だに整理ができない。誘ってくれたHideさんには感謝。音楽シーンの最前線で歌手の発売をすぐに追っかけるような聴き方はこの10年ほど縁遠かった。CD屋に行く事も減って、気づいたら新譜が発売されているのをAmazonのリコメンドで知るような生活だったから。今は定期的にライブに行って、そこで気に入ったらCDを買って本人にサインしてもらって。ほんと、びっくりするぐらい歌手の側で現在進行形で聴きこんでいる感覚。それがウキウキで楽しくて。家に帰って聴き込んで幸せで。両者ともこの一年で大きな変化を遂げた。その感覚は、、、それぞれの曲を聴くと泣けてくるレベル。それぐらいにソウル。
 

ボサノヴァを歌うために生まれてきた


生まれ持つ「爽やかさ」が半端ないんだよね。一番最初に大和田慧を聴いた時の情景がホントそんな感じで、その時からずっと気になっていた。彼女の特質が一番わかる曲は Door On The Bright Side Will Openだと思ってる。新作を横においてこれまで一番深いのはだけど、本人らしさに注目したらこのDoorになると思う。

詰まらない日常からの脱出感。それは、詰まらない自分自身からの脱皮
こんなメッセージをあくまでも軽やかに歌ってる。自己の家に囚われ、自己に過去に囚われ、八方塞の人ほど聴いてほしい。この点で、本人らしさがDeepな過去である澤田かおりとの根本的な違いであって、これはどちらが良い・悪いの世界ではない。Soulという文脈では澤田かおりだけど、ボサノヴァという文脈では大和田慧。そして、Soulとボサノヴァで本質的な優劣は無い。単に聴きたい情景の違いだけなんだと思ってる。

どうしても僕はSoulの文脈の評価が高いけど、二十歳前後にぶん殴られてでもこの曲を100回聞かせてくれる先輩がいたら、一生恩義を感じたと思う。曲も歌詞も重くない。さらりと流せる。そこが澤田かおりの最深部との違い。澤田かおりの曲の方が価値が分かりやすい。Doorにはとても大事なメッセージが込められているけど、それを上手く言葉にできない。「失敗ですらない偶然の間違いが新しい世界への扉になる」なのかな。うーん、まだまだ錬度が足らない。

ほんとこのデビュー作のジャケのとおりの手触り。学生の頃ならば極一部を除いて、偶然を楽しみ、幸福に結びつける姿勢で過ごせると思う。そんな人達にとってはわざわざ聴きこむ必要が無い。だからこそ実はこの作品は30歳以上なんだと思う。仕事で散々効率も求められる中で、プライベートでも効率を意識して、、けど人の縁は効率の逆のルールで動く。だからこそ仕事ができる女性ほど結婚が遅れる。ハッキリ言って、35過ぎて未婚の男女を比べると圧倒的に仕事が出来る人の割合が高いのは女性。そういう人ほど、この曲を聴きこむべき。そうすれば僕みたいに新しい出会いがあるから。間違った電車に飛び乗る価値。

学生の頃、文庫本を読みながら山手線を一周してた
会社の同期で最初のクラスで真後ろに座ってた。彼は在りえないぐらい色んな面でぶっ飛んでたし、お互いの結婚式に行くぐらいに仲良くなったけど、こんな学生時代はひとつの憧れ。殆どの人にとって意味不明なのは分かってる。けど、ある種のタイプの男性にとって、これは理想像。この歌は間違った列車に乗って別の場所に行く事を薦めているから、ドンピシャじゃないけど、、、色々と八方塞になったとき、ふらっと本屋にいって面白そうな本をタイトルだけで選んで買って、山手線に乗り込んで・・・いつかこの情景も誰か歌ってくれないかな。


最新作のシネマティックについて。
ジャケのとおりの手触り。昼から夜になって、少女から大人の女性になった。良い意味での変化。己の人生と運命に正面から向き合わないとこの作品にはならない。今までの大和田慧とは違う場所にアクセスしてくる。深くなった。03:Everythingという曲ならば真っ先にMaryJ.の同名曲と比べてしまうけど、同じレベルに辿りついている。先ほどの曲は意識的に聴き込まないとダメだけど、このアルバムならば30代の女性から圧倒的な支持をうけるだろう。それぐらいに背負っているモノがある。分かりやすいのは離婚を経た澤田かおりだけど、大和田慧も同じだけの歩みを感じる。この作品がその証明になる。04:Closing Timeの良さ。普通は05:まどろみを推す。それは分かる。あれは解説不要レベルの名曲。けど、深いのはこっちだと思う。こちらの曲は糸の直系。08:星にならないでも不思議な曲。この曲はClosing Timeと並べて聴くべきなのだ。「朝に解けた恋。星になった愛」という歌詞から始まる曲は、10代や20代が歌うと悪い意味での軽さが先走る。


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大和田慧を始めて聴いたのは5月のGWに運転している車の中。たまたまラジオしか選択肢がなくて、たまたま大和田慧が流れてきた。5月の爽やかな風と彼女の曲がベストマッチ。
最初に法隆寺の横の中宮寺にいって国宝の半跏像を見る。修学旅行で法隆寺に行く学校は多いけど、女性は中宮寺に行くべき。性差別といわれそうだが、中宮寺は天皇の娘が尼となって入っただけの伝統を持つ。中性的ながら女性的でもある国宝像は一度は見るべき。ここまではちょっと詳しいレベルの観光コース。

列車で奈良中心部に行って、レンタカーを借りて向ったのが浄瑠璃寺。国宝の九品仏がある。本作の深さは浄瑠璃寺まで届いてる。新緑の緑と国宝の三重の塔。ここまで素晴らしいとはね。ほんと爽やかさと深さの交差点。カマタミズキに丹波を薦めたように大和田慧には当尾の里を勧めます。「平安貴族の理想郷」という言葉は伊達じゃない。

アポロシアターでの二年ぶりのコンサート、おめでとうございます。きっといつか彼女は日本のコアを探すだろう。この場所は大和田慧にこそ相応しい。逆に僕はいまアポロシアターに行くだけの財力も諸々もないですが、いつかそれだけの人間にならないと。
 

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