人の縁とは。結婚と離婚

「友達の結婚」「澤田かおりのコンサート」「チュモン」

3つ重なると色々と考えちゃう。内容が内容だから一番軽い入口から書いていく。

 

会社の人材開発部門にいるけど、最近の話題の半分ぐらいは若手向けのキャリア研修=転職対策。それだけ今のICT業界は転職が盛ん。昔の日本社会は転職のハードルが高かったけど、いまはどんどん下がってる。社会意識の変化と、業界特有の変化。業界は流行り廃りがあるけど、社会意識の変化は不可逆的な一方通行の部分も多い。転職と同じぐらいにハードルが下がったのが離婚。データーを検索しなくても当然だけど、2つを並べたら相関関係がもっと見えてくるかも。

 

社員の転職対策について本気で話すならば、結婚観というか離婚増加についても触れるべきだと思うが、会社ではあまりにプライベートすぎる。そりゃそうでしょう。俺はちょっと変わっているかもしれないけど、普通の会社なんだし、普通の会社であれば今の日本の平均として普通にメンバーに離婚経験者も40過ぎた未婚者もいるわけで、そういう人達の前で「職業観の変化と結婚観の変化にも関連ありますよね」とは口が裂けても言えない。

 

うちのサイトは24の頃から書いているから、当時から読んでいる人はその時々の波について書いてた記憶があると思う。

20% 25前後 学生時代の恋人と結婚する

40% 30前後 社会人になってから知り合った人と結婚する

20% 36前後 最後の波 

 

%は個人的な感覚値。「足しても80%じゃん」といわれそうだけど、20%は未婚。まさかこの歳で同級生の結婚式に参加するとは。2週間前の土曜日。相手の女性は再婚。ある意味納得というべきか。話を聞いたときは「おめでとう」の次に相手の離婚理由は気になる。こちらから聞かなくても教えてくれる。それぐらいの仲だから。男女の関係で片方だけが完全に100%悪い事は無いとは思っているけど、99%はある。浮気して、かつ離婚に同意しないなんて、人間のクソ。だから個人的な判断基準では限りなく100%

 

昨日が澤田かおりのコンサート。2018年からもう6回目かな。その間に離婚して今はアメリカ在住。この一年で大きな変化。もちろんコンサートに来る人は分かってる。分かったうえで温かく見守ってる。その全体的な居心地の良さがあるから、ホントに良いコンサートだった。彼女も今まで以上に寛いでのびのびと歌っている。どんな理由であれ離婚は大きな決断だと思うけど、昨日のあの空間が彼女が作り上げた価値。

 

そしてチュモン。この1ヶ月半で全部観ました。NHKの大河ドラマですら小学校時代まで。これだけの規模(81話の計81時間)の歴史ドラマを見るなんて初めての経験。観た人は知っていると思うけど、主人公とヒロインの数奇な運命が軸になっている。TVはあまり見ないし、ドラマはもっと見ないし、恋愛ドラマなんてもっともっと見ない。チュモンは歴史ドラマだけど、恋愛というか人の縁が軸になっている。韓国の歴史ドラマの良さってあるんだね。いつ中国に攻められるか分からない国のプレッシャーはドラマの方が身体感覚で伝わる。韓国歴史ドラマは「善徳女王」の次に「チュモン」をみた。両方ともかなり楽しんだけど、、、チュモンの方が個人的には学ぶ点が多かった。高句麗建国の話だけど、数奇な運命は百済建国のための天の采配。

 

 

ここら辺を突き詰めると運命の話になるから、証明なんて絶対出来ない。

働く会社は対象外。そこまでは運命で決まってない。けど、職業というか、「周囲のために出来ること」であれば大枠は決まっているのかもね。人材開発なんてまったく想像もなかったのに配属。高校時代の友達から「親とおなじ〈先生〉になるなんて、やっぱりおまえのところはそういう一族なんだね」と言われたときは愕然とした。流石にこれだけ働いていると変える機会はあった。変えなかった理由は色々あるけど。

 

結婚もそう。恋愛感情の盛り上がりと社会ルールの帰結ではない。もっと奥になにかある。

どうせ証明できないのだから、今の私の結論から書く。

 

運命はある。そこに結婚も含まれる。けど、自動的になるわけじゃない。本人が己の業と向き合ってこそ達成できる。結婚できたということは、そこまでの業を乗り越えたことの証明。運命の相手も一人ではない。3人ぐらいはいる。それぐらいの自由度はある。けど、運命は幸せを保証しない。結論は本人が決めるけど、大きな出来事は絶対に起こる。だから、どれだけ頑張っても離婚寸前や親子関係の危機までは行く。そんな事が生じる結婚なら最初からしないほうがマシなのにそれは選べない。

 

結婚は子孫繁栄の最初のステップ?

結婚は単なる社会のルール。将来を誓うのが本質。それって盛り上がってるカップルは大体当てはまるような・・・。将来の何を誓うの? ずっと一緒にいること。それは大前提。けど、単身赴任が運命づけられてることも。結婚式で誓う内容の本質は、何があってもお互い助け合うこと。当たり前だとおもって普段聞き流していたけど、、、


学生時代を振り返る。あの時、助け合うことを誓ったの? 学生に助ける力なんて零だと思って、助ける=相手の理解だと思って、そこで思考停止。理解なんてお互いの幼年期から絶対に越せない壁〜自動扉まである。根本的にはここが一番の問題だったのかもね。助け合う=家事分担表だと思っているのは根本的な矮小化。あんなのどっちでもいい。全部やるとも全部やってともいえないけど、やっぱり家事分担は本質じゃないよ。

 

人生で助け合うって、、、本当のところでなんなんだろうね。

 

助けることと手助けの違い。物理的に人手が足らないのは手助け。助けることはもっと深い。「無言で隣に座る」のは絶対に手助けでは無いけど、助けることに該当する事もある。いや、最終形はここなのかもしれない。最初から誰かの助けを期待するのも違う(→まずは本人の努力が大前提)と思うし、無言で隣に座ってくれる人に価値を感じないなら、それだけの関係性。逆に最初から隣に座ってるだけで良いと思ってるのも間違いなんだろうね。

 

 

----

自動扉も絶対に越せない壁も両方同時にあること。自動扉があればそれだけで運命だし、それだけで上手く行くと当時は思ってた。精神面で絶対に越せない壁はないけれど、僅かでも気を抜いたらアウト。運命だと単純に喜んでたらもっとアウト。両方同時にあることが真の意味での運命であり、越せるかどうか試されていたんだと、やっと気づいた。

0



    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    All List

    Categories

    Selected Entry

    links

    recent comment

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    みんなのブログポータル JUGEM