過去がカラダから自己に染み込む(人が変わらないワケ)

「ムダな経験は本当にないと思える日々 当時の話をきかれるとたまに 悲しくも未練もあるわけないのに涙だけがでる」と記した。涙の理由について、テレビ朝日「しじり先生」に出演した時に女優の高畑淳子から言われたことを思い出すそうで、高畑から「カラダだけがそのときの思い出を忘れてないから涙が出る」と告げられた。
先日、たまたまこの記事を読んだ。さすが大女優は深いことを言うね。

根本的な部分で人間という生き物を誤解していると苦労する。
「ずっと食料が少ない時代を生きてきたから、食べ物が余る時代に対応するのは大変」なのはダイエット失敗している人が沢山いるから伝わる。けど、「感情は自己生存と子孫繁栄以外は役に立たない=動きたがらない」のを知らないと、毎朝会社や学校に行きたくなくて、それに悩む。本当は悩む話じゃない。行きたい人が特殊なだけ。

「食料が少ない」という大前提にたてば必要以上に動かない方が生存につながるから。手元に食べ物があれば、遠くに魅力的な異性がいない限り、外に出る気になる必要がない。これだけダイエット産業が盛んだから(個人的にオススメな本はこちら)、感情はいまだに食料が少ない前提の設計になっているのは考えたらすぐ分かる。けど、その先はあんまり広まっていないような。

もちろん冒険心やチャレンジ精神だってある。けど、そんなのはたまにしか出現しないからこそ冒険なんだって(笑。会社や学校も週1ぐらいなら、そこでのストレス含めて冒険として楽しめると思うよ。個人的な経験では平日朝なんて、アクティブ20%、普通30%、ネガティブ40%、かつ天気でも変わる。現代において食料は仕事でゲットするものだけど、「学校で学ぶ教科書」や「会社で見るPC画面」に食欲と同じぐらいのワクワク(=美味しそうな果実)を感じるように進化するのはあと1000年はかかると思ってる。

「中毒性の加速」が社会の発展方向性
さすがポールグレアム。麻薬もゲームも砂糖や小麦粉だってそう。精製=旨み成分だけ残す=依存性を高めることだから。その分だけ対抗する意志が強くなる必要があるのに、そんなワケはない。

「記憶を消せない」のが根本的な設計ミス
「生命の危機ぐらいの事件は、同じ失敗を繰り返さないために忘れない」必要性も分かるけど、平和な現代社会で生命の危機なんて滅多にない。「忘れた方が幸せになる」事も多いのにそれができない。結婚を意識した恋愛は子孫繁栄に関連があって、その失敗は食欲で言えば3日間絶食ぐらいのインパクト。それまでの人生で3日間絶食という経験がなければ、最大のショックが失恋になって、今度は失恋が原因で食事が食べれなくなる。食べれないといってもさすがに絶食ではない。家から全く出る気分になれず、パン1枚ぐらいの最低限の食事。このレベルのショックは仕事関連でも数年に一度はあると思う。

自己啓発本の困難さは、「自己を変えたい自己」に矛盾があるから。
「自己を変えたい」が達成できるなら、自己を変えたいと思う自己を変えれることになって、やっぱり今のままで良い というオチも可能になる。「考え方を変えろ」とは自他共に良く言うけれど、知識が増えるだけで考え方が変わるなら人は苦労しないのも確か。「情けは人のためならず→困った人を助けると回りまわって自分も助けられる」等の知識は、知ったからといってすぐに行動を促す効力(即効性)も低い。「この○○は絶対に儲かるから」等の知識は即効性があるけど、そういう知識ほど詐欺に直結している。そもそも大事なのは知識でなく内面にある評価基準だけど、これこそ変えれない。

たとえば身長の高さ。狩や闘いの時代は絶対的な優位性。けど、現代社会ではスポーツ選手以外はまったく生存確率に関係ない属性。それでも身長の高い男性はモテル、というよりも背が低い男性がハンディかな。女性のスタイルもそう。母乳しかない時代じゃないのだから、胸のサイズなんて生存確率に関係ない属性なのにね。美とは比率と対称性。動きの効率性はパーツの比率、既病歴は対称性にでる。今でも動物はサイズと対称性と比率で異性を選ぶ。これだけ医学が進んだら身体的特徴なんて全く関係ないのに、僕らは未だにそこに囚われている。かつ、ここまで頭で理解しても僅かにしか変えれない。全く知らないよりはマシだけど。イケメンと付き合って浮気されてショックうけて、初めて男は顔でなく誠実さだと気づく。最初に親から言われても無理。本人が痛い失敗をしてやっと変わる。

 

現代で一番大切なのは意志の強さだけど、これこそ判定するのが難しい。何かに打ち込んだことがあるのは一つの基準。だけど、本当はこれまでの習慣を変えれるか。「あなたとは普段の口癖の集合体です」と言う斉藤教授は流石。無理やりでも鏡を見ながら毎日呟く価値はある。

人間は意志で自分を変える事は殆どできない
それはシンプルな事実なのに、「もっと反省しろ」とかの言葉は巷に溢れてる。唯一変えれるのは外部から入力されるデータ
記憶は消せない、考え方(知識&評価基準)を変えるのも難しい。けど、有る程度の年齢になれば、周囲の環境を選ぶことはできる。だからこそ、一番確実なのは新しいコミュニティーに行くことなんだよね。

クラブ vs 図書館・美術館
ナイトプール・ビーチ vs 写経のお寺
合コン・街コン vs コミケ
○○場でスポーツ観戦 vs ネットのスレッド

ごめん、私のつたない経験なので、あまり良い実例は出せない。大事なのは場所&楽しんでいる人のセットであること。場所だけじゃダメです。その場所で楽しんでいる人とセット。自分からかけ離れている基準だと一回じゃ絶対に分からない。何度か通うと、ジワジワと周囲の人が感じている良さ=評価基準が伝わってくる。片方が正しくて片方が間違ってるとはこれっぽっちも思ってない。両方とも楽しめるのが良い。かなりハードル高いけど。

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誰かを傷つけたのなら、それを忘れる奴はクソ。けど、傷つけられたのなら、自己の未来のために忘れるのはアリ。なのに「忘れることができない」設計になっていること。本当は、「傷つけられた」と思う気持ちこそが間違っているのかもしれないけど、こればっかりは正面から見つめると、底が割れる。その底を自ら割りに行くならば、間違いなくSoul。そういう曲を探している。少しでも踏み外したら廃人直行なので誰かに薦める世界じゃない。けど、そういう曲を聴き込む価値は、本当はある。

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