Why Christmasの返歌を

先日返歌について取り上げたけど、個人的に求めているのがWhy Christmasの返歌。

発表時でなく収録時から問題作。あれだけバックコーラスが嫌がっている曲も珍しい。それだけクリスマスは欧米人にとって大切な日なのだろう。それでも本曲が真の傑作なのはウンヤの叫び。「クリスマスになるとお母さんは恋人のところにいちゃって僕らは家でお留守番。せめて妹にはプレゼントを買ってあげたいけど、そのお金がない。なぜクリスマスなのにこんな寂しい思いをするのだろう。なぜクリスマスなんてこの世にあるのだろう」
自己を横において妹の悲惨さを思いやる。そこにつきる。日本のクリスマスは恋愛寄り過ぎるから、欧米よりもWhy Christmasと思う人も多い。恋愛はどうしても個人の話だから、ここまでの深みを持ちえるのは難しい。けど、Stevie WonderとGlenn Lewisの関係だって同じ深さでない。だから、彼女がいない痛みであっても「クリスマスって何なんだよ!」という叫びは素直に出して良いのだと思う。

個人的なWhy Christmasは「みかん」だけど、あのレビューを書いたときはもう結論が出ていた。大学に残れなかったのにぐたぐた書く気もなかった。その後、別のページで「Why Christomasもそうだけど、あそこでのウンヤに比べれば100分の1だと思う。けど、ゼロではない。だから良く分るな。彼の歌の優しさが。」と書いぐらい。けど、この1ヵ月で3つのことが重なったから。さすがに3つ重なると書いておく気になった。
 

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「特に農水省というのは、事務次官になるために政治家に取り入って貿易交渉などで媚を売る人も多かったのですが、英昭氏はそこを超越していました。最近の農水省が官邸の言いなりになって、省内の空気が悪くなっているのを憂いていました。実力がない官僚は政治の力を使って上にのしあがるしかないが、英昭氏はそんなことをする必要はなかった。人望も厚く、同時期に入省した他の職員と比べて、器の大きさが飛びぬけていたのです。官僚の鑑みたいな人だと思いますよ」
「キャリアの元トップでありながら、ノンキャリアの人たちからの信望もすごく厚いからこそ、退職者の会の会長が務まるのです。仕事ができるうえ、人格的にも立派なものを持った人というのが農水省関係者の評価ではないでしょうか」


引きこもりの子供を殺した官僚の事件。ずっとうちのオヤジのように息子に厳しく接しすぎたと思っていた。まさかここまで周囲に人格者と思われていたとはね。先日、スパルタで息子を殺した事件の判決も地元名古屋だから衝撃。この記事は秋葉原事件も含めて分析してて素晴らしい。分類するとこの4つになるのも納得。
(1)学歴こそ低いものの比較的高収入の父親
(2)高学歴で、自分の成功体験を子どもに押し付ける父親
(3)高学歴でありながら途中挫折した父親
(4)学力にコンプレックスを抱え、自分の子に夢をかける父親

この中で(2)については周囲から人格者と思われる人もいる。うちの親父もそう。押し付けているというよりも、本人にとっては当たり前すぎて押し付けている感覚すらないのが問題なんだが。。


クリスマスプレゼントはミカン1個だった。
「俺はキリスト教徒じゃないし、俺が子供の頃にクリスマスなんてイベントはなかった」という理由。世の中の極一部の人は周囲と合わせる必要を感じてない。圧倒的なプロはそういう世界だし、確かに両親はその域に達してた。子供が生まれる前はアメリカで働いていて宗教とクリスマスの密接な関係を見ていたからこそ、日本でクリスマスを祝う必要性には納得できなかったのだろう。あのままアメリカにいたらお年玉がなくなって、クリスマスプレゼントになっていたのかもね。日本でお年玉をあげる文化は当然だ思っていたから。

今から思うと親父の気持ちも分かるけど、さすがに当時はミカンひとつはHeavyだった。そしたら若井のじーちゃんがあまりに不憫に思って、お年玉とは別に「これで好きなものでも買いな」ってこっそりとお金をくれたんだよね。小学校も低学年の頃だから金額までは覚えてない。3000円ぐらいだったと思う。若井の祖父母には有形無形に助けてもらったけど、これが一番大きかったのだと思う。

仁藤さんが北海道旅行・登山を企画したときも、ネパールのヒマラヤ周辺トレッキング旅行を企画したときも「俺でさえ行ったことないのになんで子供が行くんだ」という理由で却下。当時、ネパールに行っていたら本気で登山家を目指したのかもね。。逆に「自分は家を買うときに親に援助してもらった。だから絶対にお前達にも援助する」とは言ってた。そういう矜持は持っていた。今となっては親父のスタンスも良く分かるけど、冷静に考えると社会の変化が早い時代には合わない思考。そもそもこれから人口減少社会なのだから地価は下がって当然。持ち家に拘ってもしょうがない。それよりも時代に合わせてどれだけ良質な経験をさせるか。たとえば現時点ならシンガポールかナイジェリアでしょう。
 
親父が想定している援助は当時のじーちゃんのクリスマスプレゼントの値段に万掛けしたレベル。それぐらいはプロだった。和歌山が地元で高校は灘。東大入試も10位前後。院試は1位で国家公務員試験は10位前後。官僚になる気はなくて最終的には研究所の副所長。「東大に入れなかったら高卒で働け」が口癖で、子供にはスパルタ。兄貴も僕も小学校高学年の時に中学の数学を全部終わらせて、灘高校の入試問題とかさせられてた。解けなかったら夕飯が食えなかったことも。宿題さえできれば夕方6時までは自由な時間もあったけど、ご飯食べたらずっと勉強。だからドリフは一度も見た事がない。


ほんと一歩間違ったら上記の記事のどちらかになってたと思う。それを救ったのは若井の祖父母。だからこそ、このサイトで若井という苗字にしたのだから。
 
若井のばーちゃんがなくなってお葬式に参加したとき、ちょうど車でSmokey Robinsonの新作を流してた。Time Fliesを聴くと若井の祖父母の優しさを思いだす。You're The One For Meは岐阜で一番の美人だったばーちゃんにピッタリ。飲み屋に行くとクラシック美人なビール会社のポスターがあるけど、見るたびに「ばーちゃんほどじゃないな」と思ってしまう。じーちゃんは旧制岐阜中TOPで飛び級陸士だから、子供達が岐阜高校で「若井三姉妹」として美人で頭も良いと思われていたのも遺伝というべきか。さすがに三姉妹にここまでの美人はいなかったけど。

うちの母親は高2でアメリカのテキサスに留学。普通なら1年遅れるのに向うの卒業証書で名大を説得して入試TOPで入学式総代。大学4年で司法試験に受かっているから否定する気は何もないです。そんな意味では、両親の結婚式で「これだけ両方の親が高学歴なのも珍しい。生まれてくる子供が楽しみだ」と話題になったらしいけど、実際はこんなもん。代を重ねるごとに平均値に近づく。それが世の摂理。

両親が両方できると逃げ場がない。けど、それでも塾経営の家に生まれるよりはマシ。口が裂けても「うちの息子はデキが悪かった」で済まないから。デキが悪い子供を伸ばすのが塾なんだから。友達の奥様の兄がそう。ずっと引きこもってると言ってた。

Heavyは比べても何処にも行かない。
かといって自分よりHeavyを知れば楽になるワケでもない。
助けるには自らの乗り越える努力と、周囲のあたたかい想い。

若井のじーちゃんばーちゃんにはずっと心配してもらってた。25ぐらいのときに「寛の結婚相手を見ないと死ぬに死ねない」と言われた時だけは不覚にも泣いてしまった。「ごめん、俺が不甲斐なくてうまく行かなかったんだ」って。80歳を越すまで生きてくれてほんとによかった。祖父母との約束を守ったことだけが唯一の誇れること。あとは比較対象で評価は変わるし、そういう世界はどっちでもいい。You're Just My Lifeを聴くとこの言葉を想い出す。それだけが大切だから。

唯一正しいのは、本人の努力よりも、周囲のあたたかい想いの方が先。そろそろ僕もそういう役目を引き受けないと。
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ばーちゃんの写真だけ置いておくのもバランス悪いので、じーちゃんと両親と私が写った写真を置いておきます。ずっとここまで書く気はなかったけど、若井という苗字を使っている限り、いつか書かなくちゃいけなかったのかもね。個人的な内容なので、そのうち一番最後にもって行こうかな。

 

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