返歌:Answer Song/Inspire Songの世界

辞書を引くと「返歌」の英語訳もないし、answer songもinspire songという語句もない。

「カバー」と「サンプリング」はあっても音楽の分野で「返歌」は寡聞にして聞いた事が無い。和歌の用語だから。「人から贈られたり、言いかけられたりした歌に対する返答の歌。返し歌。」gooの辞書にもある。英訳がAnswerなら「問いかけ」が前提。問いかけなくても返歌はありうると思う。ラーメンに「二郎インスパイア系」があるように「インスパイア」もいいかも。皆が納得する用語が決まるまでは「返歌」でいいのでは。大事なのは判定基準のほうだから。

.瓮蹈妊ーラインの一部を拝借/サンプリングしている
曲の出だしを合わせている
タイトルが同じ〜連続性がある
い修發修發龍覆離灰鵐札廛函振覆生まれた状況が同じ〜連続性がある

これらが判定基準。同一曲ではないからカバーではない。じゃあサンプリングと何が違うか。一言でいえば志向性。サンプリングはあくまでも音楽性。つまり、サンプリングなのか返歌なのかはリスナーに依存する。ある人はサンプリングだと思い、別の人は返歌だと思う。そこに行き過ぎな深読みがあることは否定しない。けど、「深読み」があるからこそ新しい道になる。安全地帯をキープしても何処にもいかない。

■恋愛は全て公平か
一番最初に返歌だと思ったのはStevie WonderのAll in Love is Fairに対するGlenn LewisのIt's Not Fairです。上記基準で,鉢い該当。誰でも気づく。気づかない人はBlack Musicのファン失格レベル。この歌が素晴らしいのは「僕はどうしてもFairと思えないのです」という訴えだから。正しい。120%正しい。Stevie Wonderが歌ったのは恋愛の極地だから、”納得いかない””在りえない”というべき。これこそがStevie Wonderが喜ぶ反応。下手に分かった顔をする方が激怒されると思うな。

■僕はこの先何をするのだろう
次に返歌だと気づいたのはTyreseの最高傑作:What Am I Gonna Doに対するDevanteのNow & Laterです。,婆棲里世隼廚Δ日本語版解説はスルー。このタイトルを突き詰めるとなのにね。What Am I Gonna Doを単語二個で表現するならばNowとLaterになる。流石Devante。曲の理解度はこういう場面で明白になる。そもそもこの曲をTyreseの最高傑作と名言しているのはいまだに本サイトだけ?。それは凄く寂しい。だからDevanteが返歌したことが物凄く嬉しい。

■糸
3つ目に気づいたのは邦楽です。ラジオで聴いて以来気になってた大和田慧。コンサートでアルバム買って、「糸」を一番深い曲だと思った。けど、もうひとつの「糸」は会社の後輩に教えてもらった。それが中島みゆきの「糸」です。メロディーはまったく別物。しかない。けど、これはまさしく返歌。中島みゆきは縦糸と横糸で歌い上げる。だからこそ大和田慧も糸で織りたかったのだ。意図をもって伸びる糸。けれども最終的に織物は作れなかった。だから”納得いかない”でも”在りえない”でもなくて、”私には無理だった”という静かな叫び
 
昔、後輩が友達の結婚式に参加したら、友人代表で「糸」を歌った男性がいた。一時期歌手を目指していたその歌声に惚れたと。彼女自身もずっとピアノをやっていた。音楽性の部分で共有出来る人を探してしまう道理。このエピソードを聞いて、中島みゆきの「糸」を聴く気になった。両方聴くと分かる。この二つは繋がっている。



■男の約束、それが女のプライド
4つ目はつい先週。数年前に聴いた時に分からなかったのは凄くショック。深夜に起き上がって追加の文章を書くぐらいにHoustonのデビュー作には感動したというのに・・・ △鰐棲痢そしてでもある。男が死ぬ気で守った約束こそが真の女のプライドになる。「愛してる」で明白。この言葉を男がどれだけ守ったか。守られない愛してるは単なる口説き文句。だからこそこの二つは繋がっている。


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とりあえず、現時点で覚えている4つの返歌を書きました。
返歌に光を当てること。この道が太くなれば、Answer SongでもInspire Songでもなく、いつかHenkaという単語で本国でも広まるかもしれない。もうTOFUやSUKIYAKIといった食事系単語で満足する時代じゃない。。「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」なのはもうしょうがない。本当ならばぜめて「UE」であるべきだったが、いまさらこんなことを言ってもしょうがない。最近、職場の近くにUMAIバーガーが出来た。アメリカ発なのに「旨い」という日本語が店の名前になっている。けどこれも食事系。そこが寂しくて。どれだけ深い視線の言葉が伝わるか。

本国のリスナーが気づく前に言う。それが第一歩。最終形は歌手自身が気づくことだね。深い歌はそれだけ無意識まで染み込んで、気づかない地点で繋がる。それが単なるパクリと違う。昨年、「ずっと」が「接吻」のパクリだと話題になってた。ここまで同じだと「たとえ染み込んでいたとしても、発表前に気づけよ」だけど、この曲のおかげで「接吻」が再度話題になったのなら、あとはリスペクトの表明と謝罪と楽曲使用料の問題だから。

トランプが大相撲を観戦したこと。
「畳に椅子おくなよ」は国民の総意だと思うけど、「デブがとっくみあいしてる」と見下している外国人も多い中で観戦しに来たことは素直に感謝すべきだと思う。たとえ日本が皇室に代表される歴史がある国であったとしても、過去は誇るものでない。大事なのは今の深さに結びつくこと。過去に拘りすぎる人間の器の小ささ。深さとはカバーでもサンプリングでもなく、返歌で伝えるものでしょう。

いつか日本の歌手がBlack Musicに返歌をする未来を夢見てる。
もう僕よりも年下の人達が増えているだろうから、はっきり書く。

己のソウルに刻印された歌を紡ぎだす。真の意味で生きていればカバーにはならない。同じ人生が在りえないのと同様に同じ歌も在りえない。極論すればカバーは憧れ。同じレベルのソウルまで磨いたといえるならば、紡ぎ出したものは返歌になる。

日本人がSoul Musicに刻印できることを。世界中の誰もが日本人はSoul Musicを歌えないと思っている。だからこそ最初は圧倒的な返歌でないと、全米No1に届かないかもしれない。ここまで書いて、そんな気がした。

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ぜひ他の返歌のレビューを待ってます。周囲がどれだけ「深読み」「単なるサンプリング」と言っても、だからこそ体を張って欲しいから。

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