『のめりこみ音楽起業』 日暮泰文

孤高のインディペンデント企業、Pヴァイン創業者のメモワール

今年の夏にアレサがなくなったときに重鎮達の評論をどうしても読みたくて「RIP Aretha」で検索。見つけたのがこの記事。鈴木啓志氏のことは知っていたけど、日暮氏のことは始めて知った。Pヴァインにはお世話になっていたのにね。慌てて買って読んだらトコトン面白い。哲章さんのレビューをbmrで見なくなって以来、音楽業界で働くことを全く考えていなかったけど、この本を読むと《逃げた》ことが良く分かった。Black Musicのアルバムを200枚以上持っている人にとってはオススメ。

どんな業界でどんな仕事をしていても音楽愛と今の仕事をつなぐ接点が見つかる
そして貴方の仕事のパフォーマンスを倍は言い過ぎでも50%アップは間違いない。それだけの価値があります。中古でしか手に入らないけど、あと1年もすれば定価以上になると思う。

鈴木啓志氏と一緒にbmrを立ち上げて、75年にPヴァインを設立。非メインストリーム音楽の少量多品種リリースのビジネス形態を確立。90年代後半のCD全盛時代から一転し、今はこちらのビジネス形態が主流になっている。そもそも啓志氏と日暮氏の先達が中村とうよう氏なんだだね。名前だけは見たことあるけど、やっと流れがわかった。

面白いと思ったのは、大学卒業後に2年数ヶ月の会社員生活をしてたこと。その上での下記の意見。
会社員生活というものは、今後どのような仕事・形態で生きていくにせよ、一度は経験しておいたほうがいいのではないか。カイシャという組織が塊となって考え、行動していくことが、日本社会の標準になっているのはそれほど崩れていないし、何よりもいくら自分の得意分野から攻めていくにしても、サラリーマン社会という総体を捉えきれないまま自分の立ち位置を明確にすることは難しいからだ。(P49)
かなり同意。どんな商売・サービスをするにせよ相手が大人であれば殆どが会社員。相手の気持ちを知るためにも経験しておく価値はある。子供向けのサービスであっても、お金を払うのが親である限り知っておいた方がいい。子供が払う場合でも、お小遣いは親からでしょ。以上、マル ぐらいの気持ち。

初任給で4万円くらいの時代、東証一部上場企業ではあったが、比較的アットフォームな、緩いところは緩い会社生活を送らせてもらった。ライター(という言葉は当時使われず、とりあえず「音楽評論家」というものだったか)をやっているということはレコード会社からの電話なども女子社員が受けたりするので、特に隠してもいなかったが、むろんこころよく思われていたわけはない。《略》会社員生活を続けながら、それ以外の時間はひたすらレコード、という毎日を続けるある日の夕方、渋谷駅から桜丘方面へ行く歩道橋でまだ仕事中の先輩社員に出くわし、翌日会社で言われたものだ。「日暮くんは夜はずいぶんとハツラツとしてるねぇ、フフッ」。 レコード評の原稿をニューミュージック・マガジン社に持っていく途中だった。

そうか、それほどつまらなそうに昼の仕事をしているのか、とあらためて思い知らされたものだ。ハツラツとした気分でできる仕事。脱サラという言葉が頭をよぎり始める。会社をスタートさせる、などということ以前に、どうやってこのリーマン生活から抜け出るか。たいした願望もなく辞表を出したのは、20代半ばという若さ以外にこれといった取柄もない男に手招きする黒い塊に、もはや引き返せないほど魅入られたから、ということぐらいしか思いつくことができない。(P52)

「起業は奇業で企業となる」
の章とかすごくためになる。もちろん別に奇をてらうわけじゃない。自己の内的衝動に忠実であり、同じ衝動を抱える人を揺さぶれるだけのモノを築きあげた。それだけだから。メインストリームを無視できる強さ。ダイソーの100円ショップだってそう。僕が幼い頃はどこにもなかった。たまに家の近くのスーパーの入口付近で売ってたくらいだから。

一方で音楽好きは、やはり音楽を趣味で聴いていたほうが結局いいのではないかという心持も常にあった。仕事にすることによって、本来なら純粋にのめりこむところに何か別のものが忍び寄ってくるのを避けることができない。会社としての数字などあとからついてくるものだと割り切ってしまえる場合もあるが、自分自身にしても、また関わっている社員、従業員の生活そのものがオトと関係しているわけだから、音楽に過度に溺れた状態で物質面の成果を出すというのもむつかしいし、聞き込むレヴェルにも時にブレーキがかかったりもする。会社員という「安定」したポジションを投げ捨てたあと、ある程度まともに収入が得られるようになるまでX〜X年はかかっていたのではないだろうか。ようやく安定し、年収も同世代の会社員より上回ってきたのはX年過ぎてからのことだ。それまでは窮乏に耐えつつやっていたわけだが、やはり自分の生きていることそのもの、とも言える音楽に触れ、格闘しながらやっているわけだから、案外平気なものである。


 一般的にどうやって起業するかといったハウツー本などしてみると、短期・中期計画もきちんと立て、自分が何才くらいの時にはこうなってる、といったイメージをしっかり持って、など書いてあるのだが、みると、そうした綿密さは相当欠けていたようである。それは、もともとこの仕事で一旗あげてやろう、という意識はまずほどんど無く、これがまっとうな仕事として機能することなんてあるわけもないだろうな、などと斜に構えつつ、机に向かい、脇に置くターンテーブルにレコードを乗せる、というような日常を何年も送っていたということでもある。特に脱サラしたあと数年は不安定だったし、会社を始めたとはいえ、名ばかりなので、決まった日に給料を得ることももむつかしい。年末から年始にかけて世間がハッピーな雰囲気に覆われていたりする12月末など、これじゃまだ給料もな、といった時期もあり、辛くなかったといえば嘘になるだろう(P81)

こういう部分が率直に嫌味無く書いてある時点で傑作。あまりに引用しすぎなのでさすがに数字はXに伏せておきますが。ここまで載せれば、この本が必要な人には伝わるハズ。

個人的に一番ためになったのが、本の最後の会社をスペースシャワーTVに売却した顛末。
会社を売り払うのは資本主義の権化みたいな出来事。創業者としての思い、社員に対する説明。そんな諸々が一つ一つ勉強になる。

音楽を愛し、音楽と全く関係ない今の仕事をパンのためと卑下せず、前向きに取り組む事から逃げない。
ならば絶対に読むべき本。




コメント
本読みました。ありがとございます!

世渡りもうまいと言えず、またどちらかといえば内向的な人間こそが、むしろ企業し規模はそれほどでなくともチャンスがあるのではないかとさえ思えるのである。〜ソウルの中心にあるものを強く打ち立てること。(p.68)

最後の文章は熱いですね。名文だと思います。
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  • 2019/02/16 11:02 PM

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