「カリスマ」は何から生まれるか?

スキルや能力は意識的に努力して身につけるのが当然なのに、稀にその努力自体が逆作用するジャンルがある。「カリスマ」はそれに該当する数少ない例。コミュ力やリーダシップは違う。自然に身につく人もいるけど、社会にでたら逃げちゃだめ。最初のうちは下手&わざとらしくても、いつか自然体で発揮できるようになるから。でも会社の新人が「ぼくにはカリスマが無くて・・」と言ったら、「無理して身につけようとしない方がいいよ」ってアドバイスする。これって一般的な反応だと思うけど、どうかな。

organさんに「KOHHと比べると尖ったカリスマ性は希薄で、市井の人という感じが強いというか、そこから醸されるブルース感覚が魅力」と紹介してもらった田我流のVCを見ていて「塩山(えんざん)駅」が出てきた瞬間に

地元が塩山なら自宅の部屋⇒駅までで終わるなよ〜〜
と思ってしまった。地元の歴史なんて小中学生の頃に習っても特に興味持てなかったのかもね。その気持ちも分かるけど、今と自分と友達の枠組から出た視点を持つこと。生まれてから死ぬまでの、本人が生きている間の時間軸&空間軸の中で納まっているとカリスマは絶対に身につかない。ただ、「カリスマを身につける方法」のために書いている訳ではない。田我流が地元として塩山を愛しているのと同様に、僕はあの土地をリスペクトしているから。武田家の菩提寺があるという時点で山梨=甲斐の国でも頭ひとつ抜けてるよ。

|聾気量昌魁Χ睚山と国師ヶ岳
恵林寺の夢窓疎石作の庭園
7知啝の武田信玄生き写しの不動明王
ぁ嵜監滅却すれば火もまた涼しき」

一番大切なのはい世隼廚辰討い襦これは聖徳太子の「和をもって尊しとする」や、平家物語の「祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり」と同じだけの日本のエトスというかSoulな名句。とくに和や無常よりも「火もまた涼しき」という極限の熱さの方がラッパーの共感も得られると思う。外見の前に内面という順序もカリスマ性のためには必須だと思える。そして、この言葉が戦国時代に恵林寺にいた快川紹喜の言葉とはね。それが今でも三門に書いてあるならば、塩山を追いかけるかぎり必須でしょう。

,砲弔い討こちらとこちらに書いてます。実は恵林寺にはまだいけてない。。先週も奈良田で長居していけなかった。不動明王も全国回ったし、枯山水のゴッド:無窓疎石の庭園も天龍寺、永保寺に行ったから早く行きたい。このゲームを遊ぶたびに痛感(笑。

 

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僕の地元の小学校は佐久間信盛の弟?の城址という伝承があった。佐久間信盛なんて歴史マニアでも知ってる人は少ないと思うけど、明智光秀が謀反をしたのも織田信長が彼を追放したから。それが無ければ誰も謀反なんてしないし、それがあれば光秀にチャンスが無くても他の誰かが謀反する。それだけの出来事。信長は山ほどラディカルなことをやっているけど、流石に筆頭家老を「仕事のデキが悪い」でイキナリ明日から無一文って、それはヤバイと思う(汗

 

幼い頃に真面目に追っかけて良かったのは「尺取虫が屈っしんは伸びんがためなり」という信長の名句を知ったこと。あれ以来、ずっと私の座右の銘。人に足が生えているのは、物理的な世界だけなんだよ。それ以外はもがくだけ。来るときも去るときも。それを「尺取虫」として言葉にした。物理的には満たされた現代だからより価値がある。


 




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