大人のための「智恵子抄」

先日、詩と和歌と俳句の違いを考え、教えてもらった日本人ラッパーと詩人を比べていたら、偶然の出来事から「智恵子抄」を読むことになった。今まで気になっていたのに読むのが遅れてた。


智恵子は東京に空が無いといふ、
 ほんとの空が見たいといふ。
 私は驚いて空を見る。


この詩は教科書にあった気がする。今後も都会とその近郊で育つ若者が増えるからこそ掲載する価値があるとは思ってた。


いやなんです
 あなたのいつてしまふのが――

   花よりさきに実のなるやうな
   種子よりさきに芽の出るやうな
   夏から春のすぐ来るやうな
   そんな理窟に合はない不自然


この部分は何かの本で見かけた記憶がある。けど、詩集の一番最初の詩とは・・・この時点で鷲掴み。見た瞬間にこの歳まで手にとらなかったのを後悔した。だから読んだ事が無い人はまずこちらの青空文庫で読んでいただいてから下記を読んでいただけると嬉しいです。


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色々と感銘を受ける詩は多いけど、やっぱり「淫心」なんだと思う。これが大人が味わうべき詩であり、未成年には見せれない。大人の定義は色々とある。今は20歳⇒18歳に基準が移動中だけど、(それ自体は栄養取得に伴う発達の前倒しから正しいと思うけど)、それでもこの詩を味わえるのが大人の真の定義なんだと思うよ。こちらの本にもあるけど、正しい距離感を知ること。


淫であり、陰であり、そして《韻》

 それこそが男と女の最深部。この状態をストレートに歌うとエロが全面にでる。この詩も多淫といっているのに、

夏の夜の
 むんむんと蒸しあがる
 瑠璃黒漆の大気に
 魚鳥と化して躍る

 この言葉のセンス。冷房が無い時代の夏の夜。汗まみれになると分かっているのにとめれない。「瑠璃黒漆の大気」か。彫刻家であり画家でもある。やっぱり色彩感覚は大事だね。基本、彫刻は彩色しないけど、文章から色がほとばしる。それも黒色。この凄さ。


 高校生では早すぎる。けど、ここら辺を真面目に学ぶのは日本文学専攻だけなの?それはものすごくもったない話。男と女のど真ん中を描いた詩だけを並べた授業を受けたい。それが真の教養。女子学生に手をだすようなエロ教授じゃなくて、その正反対の人から。本人自体があの地点を言葉にできるぐらいに観れる人。やっぱり誰から学ぶかも重要だよ。とくに感情を喚起するジャンルは。


 これをきっかけに他の詩人の作品も追いかけようとは現時点ではあまり思ってない。けど、ここにひとつの道が見えたと感じたから紹介しておきます。


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 昼12時前の横浜駅のホームで電話がなった。打ち合わせの急なキャンセル。おかげでゆっくりご飯が食べれる。けど、相手と通話後に、この偶然はもっと活用すべき、という声。じゃあ今回は大井町駅で下車しよう。最短ではないけど歩ける範囲だし、他駅からの道も知っておく必要性はある。何年も復興支援の講座を担当してると代替ルートを体で覚える大切さは感じる。震災時にスマホのマップをあてにしない方がいい。ここまで3秒。眼の前に列車が来たのに隣のホームへ移動。京浜東北乗りながらマップで調べる。昼飯なんて30分あればいい。どこかに行くべき何かあるはず。「ゼームス坂」が眼に飛び込んでくる。気になって拡大すると歌碑があることが分かった。


 そうか、高村智恵子はここで亡くなったのか。。


 じゃあ今日のトラブルはここに行けという合図かも。普段と違う事が生じたら意識的に新しいことをする。これだけ生きていると無意識的に新しいことから避けるから。こんなときほど偶然を生かすマインドでないと。


 5分未満とおもったら10分はかかった。歌碑の前にレモンが置いてある。彫ってある「レモン哀歌」の詩をついつい全部読んでしまった。そしてやっと素直に智恵子抄を読む気になった。書いてみて気づいた。12年前に初めて若沖の絵を見たときと同じ流れなんだね。

 




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