大和田慧 x 澤田かおり = 黄金世代

 大和田慧と澤田かおりのツーマンライブに行ってきました。

 

 

 澤田かおりさんは先月ライブに行って深く感動したし、大和田慧さんは以前からずっと気になっていたので。

Hideさんが前日にメールくれて急遽予定を空けて参加。開演ぎりぎりにつきましたが、Hideさんが先に行って最前列を取っておいてくれたので、ほんと1m未満の距離。この近さで大和田慧さんの圧倒的パフォーマンスを見て度肝を抜かれた。開始前から「この2人って年齢近くないですか」とHideさんと話していたけど、ライブ時のトークでお互いが同い歳と言っていた。まじーー。この2人がいるだけで黄金世代(Golden Generation)だよ。

 

Soulという文脈では澤田かおりだけど、歌手としての能力は大和田慧だね。女性の中でも小柄(160cm未満と思う)の身長からくりだされる圧倒的な声量。歌の上手さを突き抜けた何かがある。

 

Soulのエクトプラズム

大和田慧の眼の前にもうひとりの人が浮かぶほどの歌唱力。いや、歌唱力は音程とピッチの正確さに対して使われる事が多い。なんていうかな、ほんとエクトプラズムのように口から霊≒Soulが出てくるような感覚。エクトプラズムって単語はwikipediaの写真もグロいし、どうみても褒め言葉で使わないけど、こうとしかいいようの無い世界。前回と違ってスマフォで写真撮れるような雰囲気じゃなかったのでライブ終了後の会場ですが、ほんと眼の前に彼女のSoulがつくりだす人型が見えるレベル。

 

意図が糸のように絡みつく

大和田慧の一番深い曲が「糸」なんだね。その場でCDを2枚購入して彼女からサインを貰ったけど、全部聴いて良く分かった。コンサートのときは彼女の曲の紹介を聴きながら「いと」という単語は「意図」という漢字だと思っていた。結論としては、意図と糸の二つの想いを込めているね。

 

思い→想い or 意図

これが基本構図なのだと。「思い」と「想い」の違いについては「恋愛フェーズでの思いは特別に想いという漢字を使う」という理解。いや、遠くの相手への思いが想いなんだと思う。木と目と心だから、「木の上に立って眺めながら心に浮かぶこと」という意味なんだと。もしかして樹木を触りながら思うと想いかも。この場合は根や葉への広がりがポイントになるね。そして、思いに強い意志が追加されれば意図になる。

 

この歌を聴いていると大和田慧が辿りついた地点が良く分かる。恋愛が終わった後の極限まで塞ぎ込んだ状況で糸が見えたんだね。相手の糸も自分自身の糸も親からの糸も、色んな糸が。それこそが織物。僕が見たときは銀色だった。あれからもうすぐ20年だけど、「ああ、これが華厳の世界か」と痛感したのだけは今でも記憶の底の方にある。

 

 

 

澤田かおりが「幸せの種」を歌わず、大和田慧が「糸」を歌う。

それはお互いがお互いへの配慮と対抗意識の結果のようにも思える。

ほんとにSoulの文脈ならば澤田かおりだし、歌手の文脈ならば大和田慧。

 

それがうちの結論。

 




コメント
大和田慧さんの糸、いい曲ですね。
ライブはその時、その空間だけでしか感じられない特別なもの。
日本にも素晴らしいアーティストはいますよ
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  • 2018/07/15 11:50 PM

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