Stevie Wonder - "All in Love is Fair"

  • All in Love is Fair (恋愛における全ての事実は等価)
  • All is Fair in Love (全ての人は恋愛の前で平等)


Stevie Wonderの最高傑作中の最高傑作にして、Black Musicの最深地点。
この曲よりも深い恋愛曲はこの世に存在しないと断言できるほど。とことん重い曲だから苦手にする人も多い。極度に聴く人を選ぶという意味でHIT性は零に近い。しかし、ギリギリの人を救える力としては、本作に勝るものはない。真っ暗な部屋の中で連続リピートしながら、Soulを重ねていく。3回連続するだけでも素晴らしい。本当に本曲を必要とする状況になったら、それだけで胸を張っていい。それぐらいの価値がある曲。

Pleasure & Pain :喜びと悲しみは付き合っている時と別れた時で反転する
この気づきこそが出発点。別れた後は楽しい思い出の数だけ辛い。相手のイヤな面の数だけ早く忘れれる。別れた直後は誰もが感じる状態だけど、残念ながらここを明確に切り取った曲は無い。112のPleasure & Painは限りなく近いところにまで行っている。歌詞ではPleasure & Not Painとなっているけど、タイトルはPleasure & Painだから喜びと悲しみの連環については気づいているのだろう。惜しかった。ただ、その分だけ聴き易くなっている。

Stevie Wonderの本曲が最高傑作である理由は、All in Love is Fairだけでなく、All is Fair in Loveという事実に気づいたから。
けど、これは誰もが感じる事実ではない。恋愛軸における両極端にいる人しか感じないだろう。もちろん両極端の全員が感じるワケでもない。だから、この地点まで共有できる人は極一部。そうであっても、最大限、分かりやすく説明したいと思う。

「美人は3日で飽きる」「女は押しの一手だ」という言葉はブスとブサメンが自殺しないための嘘だ
と言ったのは小谷野敦の名著:『もてない男』だし、ブスに生まれるという苦悩は『魅惑のブス』という傑作本が散々に語っている。けど、やっぱり、恋愛において最後は平等になる。それを端的に表したのが、

美人は恋愛で勝ち、結婚で負ける

Stevie Wonderは自身の盲目という障がいが、恋愛においてもネガティブ・スタートになると痛感していたのだろう。この重石はそのまま本曲の重さに繋がる。もちろん僕はその苦しみの欠片さえも分からないが、「盲目男性は美人に欲情するか」という文章を読むと、その片鱗が見えてくる。「美人アクセサリー論」といってしまえば陳腐になるぐらいの話だけど、一面の真理を衝いているのは間違いない。


「美人/イケメンに生まれることと、ブス/ブサメンに生まれること。性格が悪くなるのはどっち?」
前者は調子にのりやすく、後者はひがみやすい。軸の両端は中心部から外れるほどに正常心を保つのに苦労する。そんな中で、本曲を聴きこむことが、心をニュートラルに連れて行く。これを救いと言わず何と言う?

そして、この二つの達観はFairという共通項で結ばれる。

付き合えたということが、All is Fair in Loveではない。別れがきたことがAll is Fair in Loveの証明なのだ。
この地点まで体感できれば、この曲を真に聴き込んだことになる。そこまで出来るのは人生においても一瞬かもしれない。けど、苦しみの先にある真の幸せは、真の芸術作品だけが教えてくれる。そこまでいけば作品は聖性を持つことになる。そして間違いなく、同じ境遇の人を救えるという事実において、本作は神聖。この作品を聴き込めたという事実だけで、その恋愛は価値がある。そこまで言えるレベルになっている作品。
 




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