D'Angelo - "Black Messiah"

歳を重ねて、人は収斂していく



最初の3曲が特にクリアーなので、皆さんが言うような感想になるのは分かる。けど、後半こそに今までに無かった新しい面があると思う。その点で2作目Voodooでなく1作目ブラウンシュガーの方が近いし、比べるべきはこちらじゃないかな。アルバムを正順で聴いたときと逆順で聴いたときの印象がこれほど違うのだから。全曲が一貫してたVoodooと違う。特に12:Another Lifeを聴いて思った。恋愛は一生歌わない男だと思っていたし、そう自らに架していると思っていたけど、今回は違う。想像以上に今の自分の気持ちを素直に出してる。09:Betray My Heartもそうだね。今までの彼のスタンスではあり得ない。

D'Angeloの奥さんだったAngie Stoneは本作に微笑むだろう。傑作の3作目Stone Loveの歌のように。別にD'AngeloがAngieを思い描きながら歌っているとか、そういう事をいいたいワケじゃない。「自ら架す事で周囲が全部不幸になった事実から逃げてない」が聴けば伝わると思うだけ。何よりもMad Issueの回答になってる。その点こそが一番大切。

収斂進化って言葉がある。Wikiの記事は専門的過ぎてわかり難い。Naverまとめの方が視覚的に分かりやすいかな。カンガルーやコアラとかの有袋類と哺乳類の形態的類似性もそうだね。そして、ラマルクの「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉もある。系統的に異なったものが収斂するならば、異なった個人もやはり収斂していくのが大きな歴史の流れという事なのだろうか。D'Angeloは常に黒人の歴史を見据えて、かつ斜に向き合っていた。正面から向き合うDonnieとは違う。けど、大き流れを見ていたことには変わらない。それと同じく、個人個人にも大きな流れがあるのだと。
 

ちょっとコムヅカシク書いたけど、簡単に言えば「理想の男性像の数はそんなに多くなくて、偉大な歌手は全く違うタイプでも、歳を重ねる毎に似てくる」と言いたいだけです。Angieがコミットした男性歌手はD'Angelo以外にもCalvin Richardsonがいる。全く違うタイプ。両方本気で好きな人っていないんじゃないか?って思う。各々のデビュー作がそれぞれ傑作で、D'Angeloはスカしてて、Calvin Richardsonは奥底に秘めてるから。そんな2人も似てきたなんだなぁ、と思ってしまった。

D'Angeloを本気で好きな人は後半の曲を音として聞いても心情としては聴かないと思う。けど、逆に並べて聴けば、明日の自己への指針になると思うよ。逆順で聴くと本当にAnthony Hamiltonに近い感覚で。

1人の生身の傷ついて悩んでいる40歳の自画像だと思って接した方がいいと思う。
色んな意味で素直な自画像になっているのだから。


個人的にはCalvin RichardsonとD'Angeloを並べて収斂していく像を追っかけてもいいのだけど、どうしようかな〜と思ってる。お、そういえばAngie Stoneがコミットしたといえば久保田もいるじゃん。日本のリスナーならば3名並べるのが正しいのかもね♪ Angieの2作目と3作目を本気で聴き込んでるから本作の後半曲についてはもっと書ける。けど、鬼の首とったみたいな態度は嫌いだからここで止める。

05:Really Loveをどこまで本気で聴けるか。
突き詰めれば、本作はこの一曲だけだと思うな。

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本人の大きな流れを見据えて比較するならば、本作に一番近いのはKeith Sweatの"Still In The Game"だと思う。本質的には、今までの歌手像と全く違うことをしていて、これまでのファンほど付いて来れなかったあの作品に・・・。この作品に似てると今後のD'Angeloのキャリアが心配になるんだけどね。。



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