悲しみ・怒り・後悔・悔しさ

タイトルからネガティブワードのオンパレードですが、今日はここら辺の分類がテーマなので判明した事実を書いておきます。内容的にはBlog2ですが、反省と内省の違いと同様にこちらに置いておきます。

これらの単語は、当然ながら「ネガティブ」を感じる事から、そもそもが始まっている。
そして、最初に「悲しみ」「怒り」に反応が分かれるのだが、これってどんな基準なの?

それが難しいんだよね。性格の違いのような気もする。怒りやすい人、悲しみやすい人。個人的には?うーん自分がどちらに分類されるかも分からんぞ。ただ、唯一いえるのは、心の状態がアップかダウンかは一目瞭然なんだよね。「怒っている時に俯むく人」は滅多にいなく、もしいたらもっとヤバイ状況というのは皆が納得するでしょう。逆に、悲しい時には俯くのが当然で、悲しいときに上向いていたら、結構、明日が近いかも。

そういう意味では、動物行動学的に言えば、ネガティブな状況において「行動しなければ悲しみ」「行動すれば怒り」であって、行動をコントロールするための二種類の心の状態について、便宜的に名前をつけていると捉える方が良いと思う。ここら辺を精緻化するとHHAIの理論になるんだけど、それはまた今度


じゃあ、ネガティブな状況において、行動する/しない の判断基準になると、それは性格⇒遺伝的・学習的に変化すると捉える方が良いと思う。たとえば、怒りを発散させて余計に酷くなった過去を経験していると悲しみに変わる。すぐには無理だろうけど。

ただ、「近接度」は結構大事だと思ってます。よっぽどのネガティブが無い限り、赤の他人にはそうそう怒らない。けど、自分の子供だったり、恋人だったり、ある程度近い関係になるほど人間は怒りやすくなる根本的な傾向があるのも確か。それは、進化的に怒った方が上手く行った経験が積み重なってきたからだと。怒りやすい人は、「俺のモノ」と思いやすい人であり、所有欲が強いというのは真理でしょう。

そんな意味では、(責任感⇔所有欲)⇔無責任と対比させる方がいいかもね。理想的には責任感が強く所有欲が低い人だが、そんな男性は少ないのも確か。所有欲が少ない人を選んだつもりが、無責任(頼りがいのない人)でしかなかった事も多いのも事実。最悪は所有欲は強いのに頼りがいがない人だったりもする。

脱線しつつある話を戻して、あるネガティブな事象に対して、「悲しむ」か「怒る」かは性格的に分かれる。じゃあ「後悔」と「悔しさ」なんだけど、後悔って反省・内省含めた感情だと思ってます。問題は「悔しさ」ですが、これをまともに定義しているモノを見た事が無い。

「悔しさ」というのは、成功するためのステップが判明して初めて感じるのだと、個人的に定義してます。「負けて悔しい」のでなく、勝った相手の行動の中に勝つ要因を見つけたからこそ悔しいのだと。もしくは、負けた瞬間に「あれだけはやっておけば/やらなければよかった」と気づいて、次なら勝てると思えるからこそ悔しい。だから、どっかの熱血コーチが「お前ら、負けたらな悔しさを感じろ」といくら竹刀振り回しても、勝つ要因を見つけれなかったら、そもそも悔しさなんて沸いてこないんだよ。スポーツ学でこういう事をちゃんと教えておいた方がいい。

なぜか自分で気づく時よりも「相手がそのまんまで、見れば誰でも分かる」時の方が悔しいのだけど、それは何故だろうね(笑 悲しみ・怒り・後悔・悔しさの中で、悔しさを感じる曲が少ないのは、「そもそも恋愛においては、他人の成功要因がそのまま自分に活用できにくい」のと、「自分を振り返って要因を気づくのには時間がかかる」からだと思ってます。

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うーん、書いてみたらさすがにBlog1にそぐわないかも。そのうち2に移動させるかもしれませんが。
本当はこの週末でこちらの感情全て分類終わったけど、その詳細はさすがに細かい話なので。去年から伸びていますが、今年中にはこれら全部をプログラミングする予定。




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