Mac Graham - "7 Grahams"

彼女が気づいた事実に気づく事


不思議な手触り。確かにSoulAtfさんが取り上げる事だけのことはある。これだけBlack Musicを聴きこんでいるウチの基準でも、間違いなくOnly1です。内向的なんだけど、感覚は鋭敏に外に向っている。レゲエ感満載のジャケットで、確かにアルバムの最初は見た目どおりのゴキゲンな曲が多い。01:Rock Uはかなりイケる。けど、03:You'l Never Knowの時点でNeverを含んだタイトルが持つべき深みがある。この明るいジャケの真逆の手触り。

 

明るいジャケだけど、グラサンなんだね。昔のR. Kellyと一緒。だから、このグラサンの奥でどういう瞳をして歌っているのかすごく気になる。04:Frined Of Mineは明るい方に振れたけど、こちらのタイプの曲もレベルは高い。

06:She Knowsが一番良い。久々に100回リピートできる。繰り返して聴く毎に感覚が鋭敏になってくる。この歌手は見えてる。僕らが見過ごすか、ぼやけてしか見えない何かが見えている。それをこのように表現してくれる幸せ。Youtubeの時はここまでとは思わなかった。アルバムを通して聴いて気づいた。この曲の凄さを痛感してる。03:You'll Never Knowは完全に重なりすぎるからこそ、僕にとって新たな気づきは無い。けど、この曲は先の世界を見せてくれる。この繊細な外向性


乱暴な内向性はずっと理想像だった。それはマクナイトのデビュー作に惚れこんだ15歳にとって当然過ぎる態度。乱暴な外向性は昔から興味なかった。繊細な内向性も嫌いじゃないけど、まさかこの世に繊細な外向性があるとはね。純粋な衝撃。

この曲の手触りとタイトル"She Knows"が伝える事。それは「彼女が気づいた事」への感性。彼女は違和感を感じたのだ。それを鋭敏に感じ取ること。内向的な男はこの時点では気づけないと思う。だからこそ、本曲のもつ深さを感じる。Youtubeで動画をみる。期待通りの瞳。これならグラサンいらないよ。いや、素顔だとナイーブ過ぎるのかもね。

本作には収録されて無いけど、このMidnightを聴くと良い意味でオールナイトな雰囲気。ここまで自然体で両極端を表現できるとはね。本サイトの理想のPray&Playを達成している。このMac Grahamは育てなくちゃいけない。3作目ぐらいで最高傑作を発表できるポテンシャルを感じる。以前のCaselyと同じなんだと思う。彼が二作目を発売できなかったのは、僕らの大きな損失だった。

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基本的に同性向けの作品と思っているけど、「こいつはいつになったら告白してくるんだろう」とキレそうになった女性にはオススメかも。いくら自己を内省的と認識していても、この曲に惹かれない男は単なる自己耽溺。とりあえず本曲を流してみて判断するのをオススメ

 




「牢獄」か「窓」か。 感性と思考と言語の関係

文芸批評がわが国で独立した分野になったのは、昭和の初年ごろであった。それまでは、現在の映画や演劇の批評と同じで、感想批評の域をでなかった。ある文学作品があれば、それを読む読者が確保される。読者は、作品を気ままな姿勢で、気ままな時に読み、<面白かった>とか<つまらなかった>とか、感想をのべる。この感想が、短い一言であることは、作品から受けとったものが、単純であったことを意味しない。ただ、どこが、どう面白かったのか、つまらなかったのか、読者は解析しないだけなのだ。

単純な感想の中に籠められた複雑な思いを、何とか言葉にしてあらわしてみたいし、あらわしてみなければ、文学作品をわがものとしたことにはならない。そういう内省が感想批評を生みだすことになった。いったん感想批評がはじまると、批評の内部で、また内省がはじまった。その内省は、おおざっぱにいえば、二つの大きな流れに集約された。ある文学作品が、<面白かった>とか<つまらなかった>とかいう感想を誘い出したとすれば、<面白かった>作品や、作品の部分は、何らかの意味で、読み手の共感を誘い出した事であり、<つまらなかった>作品や、作品の部分は、読み手の共感をえられなかったことである。

これは、どんな読者でも知ってる体験である。読み手は作品を創ることはできないが、作品が、心に共感を呼び起こした、あるいは共感をおぼえなかった、ことを手がかりに、作品を介して、じぶんの内的な世界を表白することはできる。この表白は、わが国の近代批評の大きな流れを生み出しのである。

だが、もう一つの問題が残された。ある文学作品が、読者の感想を誘い出したとすれば、その感想は、読み手によって、ぜんぶちがってくる。よくかんがえると、これは、かなり不思議なことである。じぶんは、この作品を、優れた作品だとおもったのに、かれは、そうおもわなかった。これは読み手の間に、波紋を残し、議論のまとになってよいはずである。ある一つの文学作品は、ある1人の作家によって創られたことは確かだから、どんな読み手が読んでも、かならず共通の評価がでてくる部分があるはずではないか。その上で、読み手の個性や、資質や、環境に応じて、それぞれの評価の色合いのちがいはあるとしても、だ。ここまできたとき、感想批評は、文学作品を通じて、共通な評価が成り立つ部分と、そうでない部分とを、はっきりさせようという欲求にかられることになった。そのときわが国の文学の文芸批評は別の大きな流れを生み出したといってよい。

《略》
文芸批評について、こういうことがわかりかけてきたとき、わたしは、文学の理論に深い関心をもつようになった。いままでなされてきた文芸批評は、どう名づけようと理論ではない。《略》文学に関する理論は、言語の解析からはじまるか、具体的な作品の逐次的な解析からはじまる以外にない、というのが私の達した結論であった。

《略》
こういう問題を抱え込んで、さまざま思いをめぐらしているとき、三浦つとむの『日本語はどういう言語か』という著書につきあたった。この著書は、啓蒙的なスタイルをとった小冊子だったが、内容は、きわめて高度で画期的なものであった。その上、文学作品を解析するのに、これほど優れた武器を提供してくれる著書は、目に触れるかぎり、内外の言語学者の著作のうちに、なかったのである。わたしは、抱え込んでいた問題意識に照らして、この著書の価値が、すぐに判った。この著書を、うまく、文学の理論につかえるのは、たぶん、わたしだけだろうということも、すぐに直感された。

『日本語とはどういう言語か』 三浦つとむ著 巻末 吉本隆明 解説 


 




After 7 - "Timeless" -2peak

15歳に向かって歳を重ねていく


16年の最高傑作はJavierだと思っていたけど、もしかしたら本作と同率1位かもしれない。以前にToo Lateを絶賛したけど、改めて聴いてるうちにこの作品はツーピークだと思い始めた。Too Lateと同じぐらいに03:More Than Friendsは価値がある。どれだけ僕自身がToo Late派であっても、同じだけの価値があるならばちゃんと認めなくちゃいけない。

何が一番凄いって、この青いパッション。この歳になってもMore Than Friendsという志向性で傑作を発表できるとは・・・純粋な奇跡。だってさ、「友達以上になりたい」だよ。そんな《青い》こというのは中学生まででしょう。

純粋に小学生にオススメできる曲を、58歳で歌う凄さ
ここまでレベルが高ければ、青でなくと表現したくなる。それぐらいに絶賛すべき。そのためには以前の記事に追加でなく、新しくページを作る。もともとBabyfaceの復活作の二番煎じだと思っていたから、どれだけToo Lateが傑作でもやっぱりBabyfaceの作品の方が上だと思っていた。けど、Too LateとMore Than Friendsのツーピークならば、こちらの作品の方が傑作なんだと思う。そして爽やかさと深さを突き詰めたJavierの最高傑作に並ぶと言えるのかも。

 

恋愛はMore Than Friends → I Want You → Too Lateという流れがあるけど、この中で一番傑作を歌って欲しいのはどのフェーズ? 

こういう質問をした時点で、その人の死角が浮かびあがる。
だからこそ、ここまでここに書いてもBabyfaceを推す人はいるだろうし、それはその人にとっての真実だから外野がとやかく言う話じゃない。ただ、両極端でのバランスこそが僕がBlack Musicに求めていることであり、だからこそPlay(遊び)とPray(祈り)、Sweet(甘い)とSwear(誓い)、Regret(後悔)とBaby(ベイビー)というサイト名にしている。これだけ完璧なツーピークに並ぶ作品は思い浮かばない。

 

小学生高学年にBlack Musicの英才教育をするならば、間違いなくKolorsと本作。それ以外にもTevinやRPM2000があるけど、やっぱり超がつくぐらいの傑作ならば、この2作になるのだと。

人はどうやって歳を重ねていくのが正しいのか。
「裸で生まれて裸で死んでいく」とも言われるけど、歳を重ねる時に子供時代に戻る面があるのは聞いていたけど、まさか15歳に戻れる道があるとはね。ずっと「大御所最後の恋愛歌」を探しているけど、このAfter 7の志向性は真逆じゃんか。。マジかよ。

これだけ15歳と書きながら、この年齢が正しいのか、それは分からない。13歳〜15歳の間だと思うけど、厳密には人それぞれかもね。こんなこと書くと激アホ扱いされると思うけど、本音で書くのをモットーとしているのでストレートに書く。まだマスターベーションをしたことがなく、けど、好きな娘で夢精してしまう状態。普通の男性は13歳から15歳のどこかのタイミングなんだと思ってます。そして、この道を歩けるかどうかは、初恋と初マスターベーションの記憶なのかもね。直感レベルだし、この最後の二行はそのうち消すかもしれないけど、、、そこまでズレたことは言っていないつもり。

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最後にツーピークを直感的に伝えるために、日本の山で一番美しいツーピーク(双耳峰)である鹿島槍の写真を置いておきます。16年のお盆に登ったけど、本作がツーピークだと分かってない時だったので・・・。今年予定の谷川岳も双耳峰らしいので期待しておこう♪




カラオケで歌いたい傑作ご当地ソング 【熊野&沼津】

Black Musicに関係ないけど、、、音楽の話題なのでこちらに書きます(汗

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GWに熊野&吉野観光をしているとき、尾鷲から熊野に向う途中で道の駅に寄った。「熊野が好き〜」とベタな歌が流れていた。サビは演歌のようなノリなのにAメロが秀逸。ちょっと早口で今風。よくよく聴くとギターカッティングもロックっぽい。ミスチルやサザンの雰囲気が出てるとまで言えば褒めすぎかな。ボーカルの声も結構好き。こうやって色々と気に入ると、演歌っぽいサビもどストレートで逆に好感もてる。若い人からご老人まで多くの人に気に入られる器の大きさを感じてきた。この曲をこれだけホメる人も日本に他にいないかもしれないけど・・・

 

どれぐらい気に入ったって、カラオケで歌いたいぐらい。

自他共に認める音痴でBlack Musicしか聴いてない立場として、カラオケ接待は非常に苦痛。最近は「カラハラ」って命名されているんだって? ちょっとは世界もマシになってきてるね。けど、他力本願ばっかりでなく、積極的に攻めなかん。とはいっても、久保田なんて難しすぎて。。だから、これぐらいぶっ飛んだ方がウケがいい。腹の底から好きと言えて周囲も笑ってくれるラインを見つけること。ナイーブな人間が生きていくには、たまにはこういう部分で真面目に探す必要があるし、この曲はそれに該当する。

 

 

この熊野のご当地ソングを絶賛するのには少々勇気がいるけど、逆に日本最高のご当地ソングと絶賛されているのが沼津。出来の良いアニソンのような手触りの曲。最初に取り上げたのは爆笑問題のラジオ番組じゃなかったけ? 番組内のご当地ソングコンテストでぶっちぎりの1位。作詞・作曲・歌手の飯田さんは港で働いている方だけど、音楽で身を立てようとしてアメリカに渡っていた時期もあったハズ。なんでこんなに知っているかって、発表された09年当時に沼津在住だったから。当然、月に1回以上は港で魚食べてた。歌に出てくる店としては、干物なら間違いなく「みとも水産」。歌詞では「伝統の味、みとも水産」と紹介されているけど、ちょっと歌いにくいね。語呂のいい紹介文に変えるべきだったし、おっちゃんも僕に相談してくれれば必死で考えたのに(笑 デザートはJAなんすん(南駿)の「みかんソフトクリーム」でしょう。食べるところは、うーん、やっぱり新鮮館の歌には出てこないけど丸天じゃない? 沼津在住9年間で200回近く行った。引越しした今でも店員さん達と仲良くしていて、年に1回は顔を出すようにしている。

 

もちろん、沼津みなと新鮮館で配っていたCDは持ってますよ!
 




Charlie Wilson - "In It To Win It"

大御所、最後の恋愛歌!?



毎年のようにアルバムリリースできるのは本当に凄い。1953年生まれだから、今年で64歳。キャリア後半でここまで活躍しているのはロン以外にチャーリーだけでは? あまりに作品のラッシュが続いて全部を揃えてないのだけど、本作は気になった。ジャケは東南アジアの大統領の正装みたいだが、顔は真面目だし、アルバムタイトルが今までになく深いと感じたから。

「そろそろCharlie Wilsonも大御所最後の恋愛歌を歌ってくれるかも」と期待してレビューが出る前に購入。今までこの基準に該当するのは2歌手のみ。Curtis Mayfieldは54歳の時、ロンは63歳の時。個人的には60歳を越して初めて歌えるフェーズの曲だと思っています。(Curtis Mayfieldはあの作品が遺作になってしまったから例外扱い) それだけでなく曲名自体が「最後の恋愛歌」に相応しい名前になっているか。そして、最後は声の表情。積み重なった痛みがある種の弱さに昇華して欲しい。

これら3つの基準を全部満たすことなんてありえないと思ったけど、唯一近い曲があった。ただ、チャーリーだからね、声の弱さは有りえないか(笑 けど、あまりに基準を厳しくてもしょうがない。なんといってもうちと真逆の志向性を持つ。2005年の傑作が2000年当時に発表されていたら、僕はR&Bのサイトなんて絶対に作らなかったと思う。それだけの影響力を持つ人だから。

個人的には一番痛みが見えたThru It Allを越す表情を期待していたけど、それはなかった。あのShavaShavaは本当に価値がある。それを越す声ではないから、現在は暫定かな。取り急ぎ最近の作品と90年代のソロデビュー作をMp3vaで集めたところ。全部聴いてからじゃないと正式認定できないね。

ちなみに、いつもながらにチャーリーばりの良曲が多いので、その点でもオススメします。追記するのは聴き込んだ後で。




King - "We Are King"



巷で絶賛されているのは分かるけど、本気で好き・核を掴んだとは言えない作品。簡単にネットを探しただけだが、そもそもなんでQueenでなくKingなの? アルバムタイトルもWe Are Kingだし。別に女性グループだからQueenにしなくちゃいけない義理もないけど、やっぱり何かしらの意志がある。それを分かってないのが原因なんだろう。

3人組の女性グループ構成で一番思い浮かぶのはSWVだけど、これだけ90'Sは抑えてもSWVはスルー。その理由も上手く言えない。同じ三人組としてはBrownstoneもいるし、こちらはガッチリ掴んだ感覚がある。他の3人組女性グループって思い浮かばない。

このジャケの雰囲気とアルバム全体の雰囲気が合って無いと思う。楽曲群はもっと淡くて綺麗。このジャケはカリブ海のようなノリで、ポップで夏に会う雰囲気。個人的にはジャケで損していると思うけど、こういうジャケに惹かれる人もいるのだろう。個人的にはグループ名前にもジャケにも?がつくので、なんか聴きこめない。

何よりも曲ごとの理解が出来ないんだよね。アルバムで駄曲は無いから一作丸ごと飛ばさずに聴けるのだけど。。06:In The Meantimeは惹かれるけど理由は上手く言えない。09:Heyもいいね。こちらの曲の方が「彼氏の存在を必要としている」と思える。

ジャケとグループ名とアルバムタイトルを気にしなければ、十分に楽しく聴ける。本作にガツンと惹かれる女性はいると思う。そういう女性に実際に会わないとこれ以上は理解できない。会ってもまったく話がかみ合わないと思うが・・・。そこら辺は全タイプの異性と縁があるハズないから全く気にしてないけど、前回書いたTexudoと同じくR&Bにおいて理解できない傑作があるのはショックというか、諦めているというか、、2作続くとショックが大きいな。




Tuxedo - "Tuxedo"

80'Sを蒸留したら《爽やかさ》が凝縮されて



巷の評判の高さに影響されて買ったけど、確かに80年代の良い面を凝縮した作品。どんなグループなのかも全く知らないけど、信じられない手触り。80'Sを参照しているのに古臭くない。「美メロチューン」みたいに形容される音じゃなく、あくまでオールディーズの雰囲気なのに、時代を超越している。ずっと個人の内面の奥底から生まれる作品を追っかけてきたけれど、この作品が生まれるプロセスは真逆。その真逆さを《爽やか》と表現すること自体が表現体系の貧弱さ。もっと良い言葉があるハズだけど、2ヶ月がんばって諦めました。。

何よりも本作は5月の青葉の季節のドライブに一番合うと思うから。ならば流石にこれ以上引き伸ばせない。アルバム全体に一貫したコンセプトがある作品。だけど本当のプロのリスナーならば、この作品から一曲ごとに意味を引っ張り出せるはず。それが出来ない。。タイプが違う人には全て同じ曲に聴こえるという点では、Mario Winansのデビュー作品と同じ。この作品も3年かけてやっと真の言葉が浮かんできた。というよりも、2作目を発表してくれて、やっと一作目の差が分かった。そういう意味では、もっとメイヤー・ホーソーンを追いかけるべきなのかも。

02:R U Readyはキャッチーで攻めている。アクティブな感情があるのに女性の声を全面にもってきてクドさを消している。正反対なのが05:Two Wrongsだね。06:Texedo Grooveはインストだから、5曲目までが一つの塊だと思える。その中でもこの2曲が軸だと感じる。そして、当然、ウチはWrongs派。そんなのはタイトルからも当然。切なさが見え隠れする。悲哀感の10歩手前をKeepしている良さ。

こんな風に色々と掘り下げたいのだけど、そんなメンドイことはやめて、素直に一作丸ごと何も考えずに楽しく聴けばいい
と久々に?というよりも初めて、こう感じる。それぐらいに傑作です(笑 07:I Got Uでインストの後に一気に押し捲る曲を持ってくる、このセンスもナイスだね!




Chante Moore - "Moore Is More"

離婚後の叫び:「夫を理解できなかった」という傷心


購入自体は数年前だけど、当時は聴いても分からなかった。先日シャンテの選抜集をつくるために聴いていたら、ハンマーで殴られたような感覚。本作はシャンテの過去の傑作に並ぶ完成度だけど、今までで一番、生に吼えている。

Mrs. Under, Stood の重さ
これだけ吼えるならKANDIのI Want YouTarmarのStay&Fightに並ぶ。Understoodなのだ。それをUnderとStoodに分けている。そこに底で掴み取った真実を感じる。それだけの重さを感じる声。シャンテといえば高音ボイスで綺麗に歌いつつも色気はちゃんと入ってるような曲が多かったが、この曲はリアル。男が聴く曲じゃない。純粋に同じ境遇にいる同性向け。

「歌手人生の中で一番Deep」ならば絶対に取り上げないと。もちろん本作を真に掘り下げるなら、結婚時のデュエット作品や、離婚後の元夫の作品も聴かなくちゃいけない。当然ながら結婚時のデュエット品に離婚の芽は感じない。全くタイプの違う二人だけど、お互いがお互いに良い影響を与えていた。問題は離婚後の元夫:Kenny Lattimoreの作品。どこにも本作のような生の叫びが無い。どこまでも爽やかで、生の叫びを見せないのが彼のスタイル。生の叫びを隠しているわけじゃない。素で出てこない。そこが一番凄い。

 

Kenny Lattimoreのあの作品について、発売当時は気にしてなかったけど、ここまでシャンテが吼えているならば、同じパッションを探しに行かなくちゃいけないあの作品はジャケだけがとことんDeep。初期三部作のような爽やかさ・カッコよさは皆無。タイトルも「Loveの解剖学」だから、彼なりに痛みを伴う内省があったのだろう。確かにジャケの思いつめた表情はこのシャンテの叫びと直にリンクする。

 

本サイトに定期的に来る人は結婚時の作品もKenny Lattimoreのあの傑作も持っている人が多いと思うので、本作も含めて3作の中から皆さんがどう聴きこむか興味あります。理想はこれら3作から3,4曲抜き出して選曲集を作る事かな。これこそがBlack Musicを真に追っかけているリスナーの醍醐味。僕はやっとKenny Lattimoreの作品からどの曲を選ぶのか見えてきました。結婚時の作品から選曲するのは痛い。他人の離婚なのに本気痛い。この痛みこそがリスナーとしての幸せと思えるか・・・か。これを乗り越えれば、Kenny Lattimoreとシャンテの魅力の全てが手に入る。それが本気でリスナーをする一番の理由だと思ってる。

 

 




Solange - "A Seat At The Table"

「私は私、姉は姉」の先の地点



姉のビヨンセの近作すら聴きこんでないけれど、妹のSolangeがここまで伸びるとはデビュー当初は思いもしなかった。兄弟・姉妹のツテでデビューする歌手は多いけど、殆どは一作で退場。三作目までいけば賞賛に値する。本作は8年ぶりの三作目だけど、ここまで傑作ならば大絶賛。同じ立ち位置での一番の成功例はマイケル・ジャクソンの妹のジャネットになるのかな。けど、兄と妹は別性だからまだ甘い。僕が体感で知っている90年代以降で、同じ性別で、年長の方が凄くメジャーで、そしてここまでの作品を発表できたのはSolangeだけだと思う。だから本サイトの絶賛ラインである「ここまで聴き込んだ大量の作品のなかでもNo1」

本作は巷の評判が高いのと、このジャケで買った。New Classic Soulの傑作群を聴きこんでいればジャケ買いできる。最近は新作のジャケすら目にしない生活になってて、ホント反省してます。歌手名と作品名すら削ったのはそれだけの意気込みなのだろう。

名前を知らずに流れているのを聴けばSolangeとは気づかない。それぐらいに深みのある声を身につけている。そして曲の良さ。本作を聴いても「Solageって姉の七光りだよね」という人はBlack Musicに居場所が無い。アルバムタイトルのとおり、それだけの席を打ち立てた作品となっている。

この作品を「Solangeの人生」と重ねてどれだけ深く聴けるかは、純粋にリスナーの境遇に影響する。もっとシンプルに言えば、姉の七光り、兄の七光りと言われ続けた量。その点で、僕は一歳差の兄との2人兄弟だけど、劣等感ほどの差はなかったから、心の奥底の本当に深い部分で共感できる素地がない。そういう人がガツンと描いた文章読みたい。それが一番の気持ちです。
 




映画『ムーンライト』は黒人映画の金字塔



想像以上に凄かった。「黒人映画の新しい時代の幕開け」という言葉はダテじゃない。普段からチェックしている冷泉彰彦氏のブログからのリンクで、「ホモフォビア(同性愛嫌悪)とアメリカ:映画『ムーンライト』」という記事を読み、公開に合わせてレイトナイトショーで見てきたけど、想像以上に凄い。

今までと根本的に違うのは、役者の選出と、音楽の使い方。全くの異次元。主人公:クンタキンテで伝わるぐらいに黒人文化に詳しい人は、第二部が始まった時点で目を見開くし、第三部になった時点で深い感動を覚える。音楽はストイックに使用しているのに、「ここまでするのか」と感じる。

 

 

 

どれだけストレートに文章を書いても、流石に超傑作に苦言は言えない。だからあのRootsにネガティブはいえなかった。けど本作を見て痛感。1人の人生を追う映像作品である限り、役者の選定に細心の注意を払うべき。Rootsは少年時代と青年時代の役者が違いすぎる。だから、感情移入に深い断絶が生まれる。 

このムーンライトの凄さはこのポスターが示す通り。
少年時代、学生時代、中年時代の3つの時代のそれぞれで雰囲気が大きく変わるのに「1人の人生の中での変化の幅」に収まっていると思わせる統一感がある。このポスターには惹かれたし、あの紹介記事とこのポスターがあったからこそ、ブラッドピット製作とも知らずに映画館に行った。映画を観た後、改めてポスターの写真画像を見て、やっと3人の顔を繋げたと分かった。それぐらいの統一感。

 

3つの時代を演じたそれぞれの役者の演技力が凄い。特に高校生の頃を演じた俳優の、オドオドしてひょろひょろながらも、芯の強さは隠し持っているような演技。聡明さに溢れる少年時代を演じた役者はRootsの少年年時代を演じた俳優と同じレベルの親近感だし、中年時代の奥行きのある○○(ネタバレになるから伏字)を演じる俳優も凄いが、一番難しいのは学生時代なのかもね。エンドロールの最後まで見ながら、そんな気がした。
 

音楽を止めるタイミングの絶妙さ
感動というより唖然。選曲が良いとか、映画のために作った曲が良いとか、そんな基準がチンケに思える異次元さ。今までで映画音楽が絶賛された黒人映画って、サントラからシングルカットされた曲のチャートアクションで言えば、ホイットニーの「ボディーガード」かな。LaFace全盛期の「ブーメラン」はサントラ曲が全米同時No1,2だけどバブリー感満載の映画だから今から観るほどじゃない。やっぱりR. Kelly渾身の「Life」でしょう。映画の最後にK-ci&JoJoが歌うLifeが流れる感動は何物にも変え難い。そうであっても、このムーンライトは音楽の選曲だけでなく、音楽の使用を絞って、そして止めるタイミングが凄い。一番ビックりしたのは、本映画のキモでもある「この音楽が流れたからお前に連絡をした」という場面。それをこのタイミングで止めるのか、、という落胆。余韻とかそんな生易しいものじゃない。

 

音楽を乱暴に止めることで、映画の最後のシーンの余韻につなげる。

 

ありえない。映画音楽なんてミュージカルタッチの実写版美女と野獣のように華を添えるのが基本の方向性なのに、それを削る方向に使うとはね。映画音楽で飢餓感を演出したのは始めてでは??


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麻薬を絡めて黒人の男性を描く事、ゲイについて描く事、どちらもステレオタイプになりがちなのに、全く交わらないステレオタイプ。この背反さはHip-Hopに馴染んでいる人ほど当然すぎて空気レベル。だからこそ、この両者を融合させた時点で奇跡といえるかもね。「この映画は絶対観るべき」とまでいいたくなるのは初めて。個人的にはマニアックな映画は観ているから、聖職者と性の問題を描いた「スポットライト」宮崎駿の映画の主人公のような人生とまで絶賛される「人生フルーツ」は見たけど、本作だけはうちのサイトを読みに来てくれている全員にオススメです。
 




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